戦士♂「そうだ。お前は『ひのきのぼう』だ」
商人♂「ガハハ、そりゃいい例えですな!」
僧侶♂「どういうこと?」
戦士「口に出さねば分からないか。はっきり言って、お前にはこの旅は荷が重過ぎる」
戦士「今まで大目に見てやったが、お前は勇者と違い、能力的には平凡な小僧だ」
戦士「貧弱で力はない、頭の回転は鈍い、攻撃呪文は弱い。ヒノキの棒のように役に立たんということだ」
戦士「回復呪文、一部の補助呪文だけが取り得だったが、それももう用済みになった」
僧侶「用済み?」
賢者♂「私がこのパーティーに入ることになりました」
僧侶「えっ? あなたは?」
賢者「はじめまして、賢者です」
賢者「私は強力な攻撃呪文・補助呪文に加え、あなたの使用できる呪文もすべて習得しています」
賢者「私があなたに代わって勇者様を支え、打倒魔王を為す一助となります」
戦士「そういうことだ」
僧侶「……そっかぁ……」
商人「分かったら、とっとと自分の家に帰れ!」
僧侶「えっ? いまから?」
戦士「もうお前はパーティーの一員ではない。これを以て赤の他人も同然ということだ」
僧侶「あの……勇者は? いまお風呂に入ってるけど……」
戦士「勇者もとっくにこの件は了承済みだ」
賢者「ええ、私もその場に居合わせていました。多少の抵抗はあったようですが――」
賢者「魔王討伐を実現するに当たって、旅の効率性をご説明したら、最終的に納得されました」
僧侶「……そうなんだ。じゃあ仕方ないかなぁ」
戦士「さあ、勇者が戻ってくる前に行け。会えば勇者の心に迷いが生じるかもしれん」
僧侶「あの、やっぱりいまから?」
商人「一人分の宿代も、お前からこの賢者殿に差し替えているのだ。居残ってもらっては困るぞ!」
賢者「出会ったばかりでいきなりお別れとは残念ですが、どうか道中ご無事で」
戦士「さぁ、早く行け! 日が沈まないうちに出たほうがいいぞ」
僧侶「うん、分かったよ。支度する」
商人「ちょっと待て!」
僧侶「? なに、商人さん」
商人「旅の装備とゴールド、それに道具は全て置いていってもらうぞ!」
僧侶「えっ? 全部?」
商人「当たり前だ! 旅の物資は全てワシが管理しておるのを忘れたか!」
商人「どさくさ紛れに貴重なアイテムを持っていかれては、たまったもんじゃないぞ!」
商人「いいか、我々は物見遊山ではない、魔王を倒しにいくのだ! 1Gもムダにはできんのだ!」
僧侶「そっかぁ……」
戦士「とはいえ商人、これはまだ未熟な子供。無一文での一人旅は危険だと思うが」
商人「おお、そうですな! おい、ひのきのぼう! これだけくれてやる!」
僧侶は 5Gを てにいれた ▼
僧侶「えっ? これだけ……」
商人「ひのきのぼうと同じ価値なら、それと同じ額なの当然であろう!」
戦士「商人、それはやり過ぎでは」
商人「いいえ戦士殿、この町はご存知の通り物価が高い。事実、我々の予算も余りに余裕はないのです」
商人「先々のことを考えれば、いかなる支出も必要最小限にとどめるべき! 全ては魔王を倒すために!」
賢者「……僧侶さん。あなたはバギ系呪文も使えるはず。それで弱った魔物を倒すこともできましょう」
賢者「道中戦いに傷ついたとして、宿に泊まりつつ確実な勝利を重ねていけば、金銭に困ることないはずです」
僧侶「……でも……」
商人「まだ何か不満があるのか!? それ以上何か言うなら、その5ゴールドも取り上げ……戦士殿?」
戦士「僧侶よ。お前は子供とはいえ、仮にも勇者のパーティーの一員だった」
戦士「その誇りと、勇者から分け与えられた勇気の一端があれば、何も恐れる必要はない」
戦士「分かったな」
僧侶「うん」
僧侶「分かった」二コ
僧侶「戦士さんたちも、お気をつけて。勇者に、よろしく言っておいてください」
戦士「うむ。早く行け」
僧侶「えと……アイテムと……装備品はここに置いておきます」
商人「おいそんな汚いところに置くな! 少しは考えろ!」
僧侶「あ、ごめんなさい。えっと、こっちに置いときます」
僧侶「それじゃあ――さようなら」
戦士「――行ったか?」
賢者「はい、確かに町を出たようです」
商人「ふうう、ようやっと厄介払いができましたな!」
戦士「あまり悪く言ってやるな。俺はああは言ったが、あの僧侶はあれで多少は旅に貢献していた」
賢者「しかし、勇者様と同い年というのは本当なのですか? 私と二つと違いませんよ」
商人「がはは、もともと勇者様のコネで入ったような能無しですからな!」
商人「賢者殿のように、若くして賢者の号を勝ち取った本物の導師とは、格が違いますわ!」
賢者「本物かどうかは判りかねますが、流石にあの少年より優っているという自信はあります」
賢者「私が勇者様の剣となり盾となり、魔王打倒に向けて全霊を注ぎましょう」
戦士「うむ、賢者よ、ともに世界を平和にもたらそう。これからはよろしく頼むぞ」
賢者「お任せください」
商人「そうと決まれば、お近づきに酒瓶でも開けませんか! 今晩は一段と冷えるようですぞ!」
勇者♀「あっ、みんな集まって何してるの?」
戦/賢/商「!!」
商人「ゆ、勇者様!」
勇者♀「あれ? 僧侶も一緒じゃないの? どこいったの?」
戦士「……それについては勇者。その前に話すことがある」
勇者「なに?」
戦士「予め話はしておいただろう? こちらの賢者が、正式にパーティーに加入することになった」
賢者「はい。すでに挨拶は済んでいますが、改めてよろしくお願いします」
勇者「わあ、そうなんだ! こちらからもよろしくお願いします!」
勇者「にぎやかになるなあ。ボクと僧侶と賢者さんとで、もう回復役には困らないね!」
商人「僧侶はもういませんぞ」
勇者「……。……えっ? いないって?」
戦士「僧侶は……自身より遥かに有能な賢者が入ってきたことで……」
戦士「……自分の力量の限界を悟り、進んでパーティーからの脱退を願い出た」
勇者「えっ?」
勇者「ど、どういうこと? ねえ、ボクそんな話聞いてないよ!?」
商人「い、いやあ、我々も急な話で驚きましてな」
勇者「ちょっと待ってよ、僧侶はどこ? 直接話をして――」
賢者「僧侶殿は、すでに町を去られました」
勇者「えっ!? ひ、一人で?」
勇者「このへんの魔物が手強いの知ってるでしょ!? まだ今日の疲れも取ってないのに!!」
戦士「落ち着け勇者。僧侶には」
戦士「僧侶には、貴重なキメラのつばさを持たせた。故郷までひとっ飛びだ。危険はない」
勇者「そ、そうなの? 商人さん」
商人「もももちろんですとも。ある程度の金銭も持たせましたし、帰っても当分は生活も安泰かと」
勇者「そ、そうなんだ……。でも、ボクに何の相談もなしに……」
戦士「……このところかなり思いつめていたようだぞ。勇者に迷惑をかけたくはない、と」
勇者「ボク、僧侶を迷惑に思ったことなんて、一度もないよ!」
戦士「勇者はそう思っていたとしても、事実、回復や一部の補助以外は、足手まといだった」
勇者「……本気で言ってるの? 僧侶はね、ボクなんかよりずっと賢くて」
勇者「町の人の会話なんかも、ダンジョンの地形なんかも、全部憶えられるんだよ?」
戦士「何?」
戦士「では、今まで勇者の得ていた情報が常に正確だったのは」
勇者「……僧侶に教えてもらってたんだ。恥ずかしいから、こっそり聞いていたけど」
勇者「それに、戦いでは一番みんなの体調を気にしてて……自分のケガなんかほったらかしで……」
勇者「だからボクたちが教会のお世話になったことなんて、ほんの数えるほどしかなかったでしょ?」
戦士「……すまない。それは気付かなかった」
勇者「足手まといだなんてとんでもないよ。僧侶がいないと、とてもここまで来れなかった……」
賢者「大変恐縮ながら勇者様。よろしいですか?」
勇者「……なに?」
賢者「彼は自分の意思でこの場を離れました。それほどの貢献を経た上で、自分で決断を下したのです」
賢者「であれば、我々はその意思を尊重するのが、彼の本意ではないでしょうか」
勇者「でも……」
賢者「不肖この賢者、記憶力も状況判断力も、人並みよりは優れていると自負しております」
賢者「彼の穴埋め以上のはたらきは必ず果たし、勇者様への尽力は惜しまぬと誓うゆえ」
賢者「どうか此度の顛末には、ご理解ご寛容を」
勇者「……」
勇者「……」
賢者「勇者様、どちらへ?」
勇者「ルーラで僧侶に会いに行く。やっぱり一度きちんと話さないと」
商人「そ、それはっ……」
戦士「それはならん、勇者よ」
戦士「なんのために僧侶がお前に会わずに去ったと思う」
戦士「教えてやる、互いに未練を引きずらないようするためだ」
戦士「すっぱり繋がりを絶てばしこりも残らん。そして恐らくその判断は正しい」
戦士「いま僧侶に会いに行くのは、その意志、克己を踏みにじることになりかねん」
戦士「だが……それでも構わず、我を押し通すというなら、行ってくるがいい」
商人「ちょっ」
戦士「だが勇者、私情に振り回されるようでは、俺は魔王を倒しうる器とは思わんぞ」
勇者「……」
賢者「勇者様」
勇者「寝室だよ。話は分かった。……今日はもう疲れちゃった。先に寝てるから……」
商人「ふうう、なんとか乗り切りましたな!」
戦士「……俺は人を騙すことに慣れていない。後味は最悪だ」
戦士「だがこの件だけはやむを得まい」
戦士「勇者は擁護していたが、やはり俺からしてみれば、僧侶は優秀な人材とは思えなかった」
戦士「より呪文に秀でた賢者が参入した今なら、尚更だ」
賢者「恐縮です」
戦士「なのに、勇者の僧侶への入れ込みようは度が過ぎていた」
戦士「魔王打倒に万全を期すためにも……この辺で決別してもらわねば」
賢者「ええ。私は彼のことはよく知りませんが、やはり5人での長旅というのは効率が悪いかと」
商人「とんでもない話です! 人数が一人増えるだけで、経済的にはえらい負担ですぞ!」
戦士「とにかく全ては、確実に魔王を倒すためだ。我々ももう僧侶のことは忘れよう」
戦士「明日は未踏の地への探索だ。各々、今日は早めに床につくがいいだろう――」
賢者「この周辺の地形に関してはお任せください。私にとっては庭のようなものです――」
商人「あ、あれ? お二人とももうお休みで? うむむ、せっかくの酒盛りが――」
――――――――――――――――――――
【外】
僧侶「……」ニコニコ
僧侶(ちょっと寒いなぁ。やっぱりあの装備って、防寒効果もすごかったんだなあ)
僧侶(そうだよ、装備がないから、魔物にばったり遭わないようにしないと)
僧侶(おっと)
僧侶(魔物だ)
僧侶(まだこっちに気付いていないな。遠回りしていこう――)
僧侶(おっと。魔物だ。ここは隠れてやり過ごそう――)
僧侶(おっと魔物だ。全力で逃げよう! ――)
僧侶「おっと」
僧侶「もう日が沈んじゃうな。そろそろ野宿する場所を確保しておかなくちゃ」
ポツ ポツ
僧侶「あっ」
僧侶「雨だ。雨が降ってきた。大変だっ」
僧侶(どこか雨宿りできる場所……あっ、この木のウロ、結構広そう)
僧侶(うん、中に何もいないみたいだし、何かがいた痕跡もないし、ちょうどいいや)
僧侶「よっしょ」
僧侶(いい感じ。もうすっかり暗くなってきたし、今日はここで寝よう……)
僧侶(……戦士さんたち、大丈夫かなぁ。寝てるとき風邪引かないかな)
僧侶(戦士さんは頑丈だから病気とは無縁だけど、商人さんは寝相が悪いからなぁ。ちょっと心配)
僧侶(賢者さんはどうだろ。きっと僕なんかよりずっと頭が良い人だから、心配するのは失礼かな)
僧侶(勇者は……いつも布団を多めに被ってるから大丈夫だよね……)
僧侶(勇者といっても、まだ年頃の女の子なんだし……体調には気を配らないと……。……)
ザー―――――― ……
僧侶「Zzz――」
――
僧侶(……)
僧侶(……寒い……ちょっと寒い……)
僧侶(……でも平気……寒くない……)
僧侶「!」
僧侶「あ。朝」
僧侶(そっか。そういえば僕ひとりだった)ゴシゴシ
僧侶(勇者たちから抜けて、家に帰るところだったんだ)
僧侶(魔王を倒しに行くのに比べたら、ずいぶん気楽な旅路だよね)
僧侶「ん……」
僧侶「雨はやんでるけど……地面がべちゃべちゃだ。こりゃ歩きづらいなあ」
僧侶「と。こんなこと言ってたら、また戦士さんに怒られちゃう」
僧侶「う~ん……よしっ。出発!」
僧侶(一つ前の村までの道順はこっち……うん、こっちが最短距離)
僧侶(目的地への方角がちゃんと分かるって幸せだね。自信を持って歩けるもの)
僧侶(道のりもやることも分からなかったら、僕にはきっと耐えられないだろうなぁ)
僧侶「……」
僧侶「ん……!」
魔物Aが あらわれた! ▼
僧侶(やっぱり出た! 右手の抜け道は……)
魔物Bが あらわれた! ▼
僧侶(うわわっ。こうなったらいったん引き返して……)
魔物のむれが あらわれた! ▼
僧侶「!」
僧侶(は、挟まれちゃった! 逃げ場がない!)
僧侶(戦わなきゃ。戦わなきゃ)
僧侶(ぼ、僕一人で……戦えるかな……)
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