僧侶「ひのきのぼう……?」 26/31

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僧侶(僕がここに来るまでの経緯がバレたからには、本当にそんなものがあるんだ……)

**『さて――これまでの魔族が世の征服に失敗している以上、我も同じ轍を踏む訳にはいかぬ』

**『我は世を支配するに当たりまず、先代、先々代の過去を覗き込んだ』

**『すると滑稽なまでに、ほぼ同じ経過を辿っていることが分かった』

**『天の導きによって人の中から「勇者」が定められ、その者に魔王が討ち果たされる、とな』

僧侶「……」

**『魔族は……いかなる強大な力を持とうとも、どれだけ魔王軍を拡大しようとも』

**『終極には必ず、伝説の武具をまとった勇者に討たれる』

**『魔族の歴史は物語っていた。天の定めし勇者に、魔王は決して勝てぬと』

**『矜持を重んじる我にしてみれば到底受け入れ難い、非情な史実であった』

**『宿願を成すためには、勇者と真正面から衝突しては敵わぬ。……叶わぬ――』

**『我は歳月をかけて考えあぐねた挙げ句……一つの方策にたどり着いた』

**『天界の目を欺けば、魔族が敗れる宿命に抗えるのではないか』

**『我自身の代わりを立てれば、因習を断ち切るきっかけになるのではないか』

**『偽の魔王を勇者に討たせれば、定めを歪ませるができるのではないか――』

僧侶「……そのニセの魔王っていうのが」

**『そう。件の「魔界樹」である』

**『天を欺くほどの力を持つ、新たな魔王を創造する。我はこの壮大なる計画を実現するために』

**『従来の魔王のように自身を高めることも、魔王軍を増強することも捨て』

**『「魔界樹」の種を育て上げることに、多くの資と時を費やした』

**『この、天界の目の届かぬ、地の果てでな』

僧侶「……」

**『――時は流れ、我はついに「魔界樹の花」を咲かせることに成功した』

**『もはや言語を発し、呪文も行使できる。魔界樹は成熟相当の力を得ていた』

**『我はこれを以て契機とし、この「魔界樹の花」を魔王に見立て、地上に芽吹かせた』

僧侶「……でも、その魔界樹は勇者に倒された」

**『ククク……あわよくばといった、多少の自信はあったのだがな』

**『だがそれも想定内であった。むしろその流れこそが本命』

**『かくして、魔王が勇者に討伐せしめられる慣習は、成立したのだからな』

**『そして、我はここに在る。すなわち天界の目は誤魔化せたということだ』

僧侶「! で、でも」

僧侶「苦労して育てた魔界樹は、もう勇者に倒されたんだから……」

**『魔界樹はまだ滅んではおらぬ』

僧侶「!!」

**『……この魔王城の主柱は、魔界樹の一部であった』

**『その主柱は勇者らによって崩され、魔王城陥落を招いたが――』

**『柱の内側に伸びていた物は、魔界樹の「幹」である』

**『本体である「根」は、今もなお脈打っている。根ある限り、魔界樹は幾度となく再生する』

僧侶「……そんな……」

**『なお魔界樹には、優れた学習能力がある』

**『一度勇者と戦った記憶は、先刻、魔界樹の「根」に深く刻みこまれた』

**『我の知る限り「魔界樹」は、同じ相手に二度遅れを取ったことはない――』

**『また、魔界樹は急速な成長を遂げている』

**『我による手も施せば、次にその花が咲くまで……五年とかからぬ』

僧侶「!」

**『五年の後。魔界樹は最強の魔物となりて、再び地上に顕現する』

**『その際には、温存していた我が魔王軍も、魔界より一斉蜂起する』

**『その時こそ人間共は終焉を迎え、我が魔族の完全支配が実現するのだ』

僧侶「五年……たったの五年……」

**『ククク。丁度よい頃合であろう』

**『一時の平和に耽り、幸福の絶頂を迎え、魔族の脅威を忘れかけた人間共を』

**『唐突に闇に包み、ふたたび絶望の淵に落とし込むには、ほどよい年限だ』

**『特に勇者は、小娘であったことが大きい』

**『五年も経てば、何者かと結ばれれておるやもしれぬ』

**『子宝でも儲けていようものなら、確実に全盛より劣っていよう……』

**『ククク……その折は絶望の味もひとしおというもの……』

僧侶「そんなことはさせない」

僧侶は ひのきのぼうを かまえた ▼

僧侶「話は分かったよ」

僧侶「僕は、僕にできることをする」

**『ほう? ここに至り、何を目指すというのだ』

僧侶「みんなに伝えるんだ」

僧侶「ここから地上に出て、勇者に、まだ戦いが終わってないことを伝えるんだ」

**『ククク……添えておくが』

**『貴様が最後に通った「旅のとびら」は、片道限り。ここから逃れることはできんぞ』

僧侶「まだ道は残されてる。お前の、後ろにある扉だ」

**『ほう。仮にこの先が行き止まりであれば、どうする』

僧侶「それでも、ここから外へ出る方法を手当たり次第に調べて」

僧侶「それでも無理なら、上に穴を掘ってでも抜け出すんだ」

**『……ククク……ハッハッハッ』

**『面白いことをのたまう小僧だ。実に興味深い』

**『小僧よ』

**『我が配下に加わらぬか?』

僧侶「えっ」

**『貴様が相応の力を持っていることは分かっておる』

**『その貧相極まりない武装で、その足で毒沼を伝い、ただ一人ここまで辿りついたのだ』

**『さらにあの地点には、地上への先遣隊の本隊を配置していた』

**『勇者共の誘い水も兼ねた、猛者揃いだ。それを単騎で破る人間など、そうそうおるまい』

僧侶「……やっぱりあの陸路は……」

**『ククク……察しも良いようだな。なお気に入ったぞ』

**『いかにも。あの港町に続く路は、我が故意に敷いたものだ』

**『当然、魔王軍が本格的に大陸へ侵攻するための足がかりでもあるが――』

**『知っての通り、あの毒沼の道の果てには、我が居城へと続く「旅のとびら」がある』

**『これは万一、勇者たちがこの城に辿り付けなかった際の、保険の意味で設けたものだ』

**『勇者たちには、この時機に「魔王を討伐する」役回りを為してもらいたかったゆえにな』

**『クク……まさか一人で乗り込むような強靭、かつ酔狂な人間がいるとは思わなかったが』

**『話を戻そう』

**『小僧よ、いま一度問う。我が配下に加わらぬか?』

**『その歳であれば、将来、我が側近の候補に選ばれるのも夢ではない』

**『その際は――』

**『地上世界の半分をくれてやろう』

僧侶「……!」

**『軽口ではないぞ。五年後には必ず、地上は魔族の物となる』

**『与えられた地の支配者となれば、目に映るもの全ては思いのままだ』

**『名誉も栄光も。金銀財宝も。愛しき者も何もかも、全ては貴様の自由』

**『貴様はここで生まれ変わり、新たな生涯を得るのだ。どうだ? 悪い話ではなかろう』

僧侶「悪い話だよ」

**『ほう?』

僧侶「それだと、みんなが幸せになれない」

僧侶「僕だって、絶対に幸せになれない――」

**『ククク……その口はいささか軽率ではないか? 自身のこれまでの旅路を鑑みてみよ』

**『貴様の過去は、多少覗かせてもらったぞ』

僧侶「!」

**『いたる所で煙たがられ、冤罪をこうむり、重ね重ね憂き目に遭う』

**『貴様自身が気付かなかった欺瞞や悪意も、数えきれぬほど見受けられた』

**『畢竟、貴様は自らの居場所を失い……最後の理解者までも失うこととなった』

僧侶「……」

**『貴様が味方しようとしている人間共は、貴様に何を施した?』

**『貴様が守ろうとしている世界は、貴様に何を報いた?』

**『貴様が仮に、これから為そうとしていることを為したとて――』

**『どれだけの見返りが得られるというのだ?』

**『貴様自身の「未来」はそこにあるのか?』

僧侶「……」

**『さて、それらを踏まえた上で問おう。これが最後の機会だ』

**『我の配下に加わらぬか?』

僧侶「…………」

僧侶「……」

**『……何を迷う必要がある?』

**『先行きを見定めれば、おのずと賢明な判断は――』

僧侶「うん。僕の答えは変わらないんだ」

僧侶「その申し出を『断る』っていう答えは」

**『!』

僧侶「でも、その理由がはっきりしなくって」

僧侶「僕はなんのために、人間の側につくのかなって」

僧侶「それをずっと考えていたんだけど……」

僧侶「昔のことを思い出して、何となく分かったよ」

僧侶「僕がまだ小さかった頃、神父さんに連れられて散歩に行ったことがあるんだけど」

僧侶「お日様がぽかぽかしてて、風が気持ちよくて、とっても楽しかったんだ」

**『……?』

僧侶「他にも、美味しいものを食べたり、綺麗な風景を見たり」

僧侶「勉強も呪文の鍛錬も自由にできて、勇者と楽しくおしゃべりしたりして――」

僧侶「とにかく、僕は満ち足りてたんだ。そして、今だって満ち足りている」

僧侶「そりゃあこの旅で、すれ違いや残念なことも、悲しいこともたくさんあったよ」

僧侶「でも、そういうのも引っくるめて、僕はこの世界が好きなんだ」

僧侶「色んな事を教えてくれて、時に目一杯の幸せを感じさせてくれる、この世界が好き」

僧侶「だから僕は、この世界のために、僕にできることをしたい」

僧侶「だから僕は、戦うよ」

**『……』

**『ならば交渉決裂だな』

**『少しは利口だと思っていたが、常軌を逸するまでに奇人であったようだ』

**『さて……』

**『いま貴様は、「戦う」という語を漏らしたようだが』

**『それが何を意味するのか、理解した上での放言なのだろうな』

僧侶「できれば僕も、無用な争いはしたくないよ。稽古は好きだけど、実際に傷つけ合うのは嫌い」

僧侶「この旅だって、無意味な殺生はしなかったつもりだし、これからもしないつもりだけど」

僧侶「……お前が、僕をすんなり外に出してくれるとは思えないから」

**『その通りだ』

**『敵対が明確になったことは元より』

**『貴様がこの先の扉に押し入るというなら、我は阻止しなければならぬ』

僧侶「……」 グッ

**『さて……ところで我は、先刻勇者と相まみえた傷が癒えておらぬ』

**『またあの場から離脱することに、並ならぬ魔力を費やしてしまった』

僧侶「えっ? 勇者と戦ったって?」

**『そうだ』

**『計画が水泡に帰す危険を冒してまで、勇者の前に姿を晒したのは』

**『あの一行の素性を、この目で確かめてみたかったためだ』

**『伝説の武具の威力は、いかなるものであるのか』

**『我を打ち滅ぼそうとする輩とは、どのような顔つきをしているのか』

**『諸々の事情を兼ね、我は勇者共の前に現れた』

**『そして我は……やはり人間は下らぬ存在だと悟った上で、彼奴らに挑み……』

**『ろくに勇者共の戦力を削ぐことも叶わず、敗れ去った!』

**『ただしそれは、我が真の姿を伏せていたためだ』

**『我が、寸での場面で矜持を押し殺し、情に駆られなかったためだ』

**の ずじょうに

一対の赤い水晶が ならんだ! ▼

僧侶(! 眼が……浮かんでる……!?)

**『先に述べたように、今の我は困憊しており、魔力も枯渇寸前にある』

**『この姿で戦うとなれば、貴様如きにさえ、遅れを取りかねぬ』

**『ゆえに貴様を葬るには、不本意極まりなくも全霊を尽くすが必然となる』

**『絶望せよ。我の寛大なる招聘を拒んだこと』

**『その目、その耳、その身をもって悔いるがいい――』

僧侶(来る……!)

赤い水晶が あやしいひかりを はなった!

**は ドラゴラムを となえた!! ▼

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

僧侶(! ローブが千切れて……影が伸びていく……!)

僧侶(大きい……どんどん膨れ上がっていく!)

僧侶(どんどん……膨れて……)

僧侶(……あ……ああ……)

僧侶(大き――)

*「『グオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!』」

ビリビリビリ ビリビリビリビリ ピシッ

ビリビリ ビリ

ピシッ ビリビリ ビリビリビリ

竜王が あらわれた!! ▼

竜王『我こそは王の中の王、「竜王」である』 ズズズ…

竜王『おろかものめ』

竜王『おもいしるがよい』

僧侶「!」

僧侶は フバーハを となえた!

僧侶を やさしい ひかりのころもが つつみこんだ! ▼

竜王は もえさかるかえんを はきだした!

僧侶は 大ダメージを うけた! ▼

僧侶「うわああッ!」

僧侶(フバーハで軽減したのに、なんて火力!)

僧侶(――今まで戦ってきたドラゴンの魔物とは、大きさも強さも、まるきり次元が違う!)

僧侶(自身の強化を捨ておいてこれだけの力を! これが真の魔王――!)

竜王『グルルルル……』シュウウ…

僧侶「でも僕は……戦うんだ!」

竜王『ククク……久々にこの姿に帰ったが、身体を慣らす必要はなさそうだな』

竜王『むしろ力が漲ってくるわ……もはや何物も恐れはしない』

僧侶「やあああっ!」

竜王『む?』

僧侶の こうげき!

ミス! 竜王は ダメージをうけない! ▼

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