僧侶(僕がここに来るまでの経緯がバレたからには、本当にそんなものがあるんだ……)
**『さて――これまでの魔族が世の征服に失敗している以上、我も同じ轍を踏む訳にはいかぬ』
**『我は世を支配するに当たりまず、先代、先々代の過去を覗き込んだ』
**『すると滑稽なまでに、ほぼ同じ経過を辿っていることが分かった』
**『天の導きによって人の中から「勇者」が定められ、その者に魔王が討ち果たされる、とな』
僧侶「……」
**『魔族は……いかなる強大な力を持とうとも、どれだけ魔王軍を拡大しようとも』
**『終極には必ず、伝説の武具をまとった勇者に討たれる』
**『魔族の歴史は物語っていた。天の定めし勇者に、魔王は決して勝てぬと』
**『矜持を重んじる我にしてみれば到底受け入れ難い、非情な史実であった』
**『宿願を成すためには、勇者と真正面から衝突しては敵わぬ。……叶わぬ――』
**『我は歳月をかけて考えあぐねた挙げ句……一つの方策にたどり着いた』
**『天界の目を欺けば、魔族が敗れる宿命に抗えるのではないか』
**『我自身の代わりを立てれば、因習を断ち切るきっかけになるのではないか』
**『偽の魔王を勇者に討たせれば、定めを歪ませるができるのではないか――』
僧侶「……そのニセの魔王っていうのが」
**『そう。件の「魔界樹」である』
**『天を欺くほどの力を持つ、新たな魔王を創造する。我はこの壮大なる計画を実現するために』
**『従来の魔王のように自身を高めることも、魔王軍を増強することも捨て』
**『「魔界樹」の種を育て上げることに、多くの資と時を費やした』
**『この、天界の目の届かぬ、地の果てでな』
僧侶「……」
**『――時は流れ、我はついに「魔界樹の花」を咲かせることに成功した』
**『もはや言語を発し、呪文も行使できる。魔界樹は成熟相当の力を得ていた』
**『我はこれを以て契機とし、この「魔界樹の花」を魔王に見立て、地上に芽吹かせた』
僧侶「……でも、その魔界樹は勇者に倒された」
**『ククク……あわよくばといった、多少の自信はあったのだがな』
**『だがそれも想定内であった。むしろその流れこそが本命』
**『かくして、魔王が勇者に討伐せしめられる慣習は、成立したのだからな』
**『そして、我はここに在る。すなわち天界の目は誤魔化せたということだ』
僧侶「! で、でも」
僧侶「苦労して育てた魔界樹は、もう勇者に倒されたんだから……」
**『魔界樹はまだ滅んではおらぬ』
僧侶「!!」
**『……この魔王城の主柱は、魔界樹の一部であった』
**『その主柱は勇者らによって崩され、魔王城陥落を招いたが――』
**『柱の内側に伸びていた物は、魔界樹の「幹」である』
**『本体である「根」は、今もなお脈打っている。根ある限り、魔界樹は幾度となく再生する』
僧侶「……そんな……」
**『なお魔界樹には、優れた学習能力がある』
**『一度勇者と戦った記憶は、先刻、魔界樹の「根」に深く刻みこまれた』
**『我の知る限り「魔界樹」は、同じ相手に二度遅れを取ったことはない――』
**『また、魔界樹は急速な成長を遂げている』
**『我による手も施せば、次にその花が咲くまで……五年とかからぬ』
僧侶「!」
**『五年の後。魔界樹は最強の魔物となりて、再び地上に顕現する』
**『その際には、温存していた我が魔王軍も、魔界より一斉蜂起する』
**『その時こそ人間共は終焉を迎え、我が魔族の完全支配が実現するのだ』
僧侶「五年……たったの五年……」
**『ククク。丁度よい頃合であろう』
**『一時の平和に耽り、幸福の絶頂を迎え、魔族の脅威を忘れかけた人間共を』
**『唐突に闇に包み、ふたたび絶望の淵に落とし込むには、ほどよい年限だ』
**『特に勇者は、小娘であったことが大きい』
**『五年も経てば、何者かと結ばれれておるやもしれぬ』
**『子宝でも儲けていようものなら、確実に全盛より劣っていよう……』
**『ククク……その折は絶望の味もひとしおというもの……』
僧侶「そんなことはさせない」
僧侶は ひのきのぼうを かまえた ▼
僧侶「話は分かったよ」
僧侶「僕は、僕にできることをする」
**『ほう? ここに至り、何を目指すというのだ』
僧侶「みんなに伝えるんだ」
僧侶「ここから地上に出て、勇者に、まだ戦いが終わってないことを伝えるんだ」
**『ククク……添えておくが』
**『貴様が最後に通った「旅のとびら」は、片道限り。ここから逃れることはできんぞ』
僧侶「まだ道は残されてる。お前の、後ろにある扉だ」
**『ほう。仮にこの先が行き止まりであれば、どうする』
僧侶「それでも、ここから外へ出る方法を手当たり次第に調べて」
僧侶「それでも無理なら、上に穴を掘ってでも抜け出すんだ」
**『……ククク……ハッハッハッ』
**『面白いことをのたまう小僧だ。実に興味深い』
**『小僧よ』
**『我が配下に加わらぬか?』
僧侶「えっ」
**『貴様が相応の力を持っていることは分かっておる』
**『その貧相極まりない武装で、その足で毒沼を伝い、ただ一人ここまで辿りついたのだ』
**『さらにあの地点には、地上への先遣隊の本隊を配置していた』
**『勇者共の誘い水も兼ねた、猛者揃いだ。それを単騎で破る人間など、そうそうおるまい』
僧侶「……やっぱりあの陸路は……」
**『ククク……察しも良いようだな。なお気に入ったぞ』
**『いかにも。あの港町に続く路は、我が故意に敷いたものだ』
**『当然、魔王軍が本格的に大陸へ侵攻するための足がかりでもあるが――』
**『知っての通り、あの毒沼の道の果てには、我が居城へと続く「旅のとびら」がある』
**『これは万一、勇者たちがこの城に辿り付けなかった際の、保険の意味で設けたものだ』
**『勇者たちには、この時機に「魔王を討伐する」役回りを為してもらいたかったゆえにな』
**『クク……まさか一人で乗り込むような強靭、かつ酔狂な人間がいるとは思わなかったが』
**『話を戻そう』
**『小僧よ、いま一度問う。我が配下に加わらぬか?』
**『その歳であれば、将来、我が側近の候補に選ばれるのも夢ではない』
**『その際は――』
**『地上世界の半分をくれてやろう』
僧侶「……!」
**『軽口ではないぞ。五年後には必ず、地上は魔族の物となる』
**『与えられた地の支配者となれば、目に映るもの全ては思いのままだ』
**『名誉も栄光も。金銀財宝も。愛しき者も何もかも、全ては貴様の自由』
**『貴様はここで生まれ変わり、新たな生涯を得るのだ。どうだ? 悪い話ではなかろう』
僧侶「悪い話だよ」
**『ほう?』
僧侶「それだと、みんなが幸せになれない」
僧侶「僕だって、絶対に幸せになれない――」
**『ククク……その口はいささか軽率ではないか? 自身のこれまでの旅路を鑑みてみよ』
**『貴様の過去は、多少覗かせてもらったぞ』
僧侶「!」
**『いたる所で煙たがられ、冤罪をこうむり、重ね重ね憂き目に遭う』
**『貴様自身が気付かなかった欺瞞や悪意も、数えきれぬほど見受けられた』
**『畢竟、貴様は自らの居場所を失い……最後の理解者までも失うこととなった』
僧侶「……」
**『貴様が味方しようとしている人間共は、貴様に何を施した?』
**『貴様が守ろうとしている世界は、貴様に何を報いた?』
**『貴様が仮に、これから為そうとしていることを為したとて――』
**『どれだけの見返りが得られるというのだ?』
**『貴様自身の「未来」はそこにあるのか?』
僧侶「……」
**『さて、それらを踏まえた上で問おう。これが最後の機会だ』
**『我の配下に加わらぬか?』
僧侶「…………」
僧侶「……」
**『……何を迷う必要がある?』
**『先行きを見定めれば、おのずと賢明な判断は――』
僧侶「うん。僕の答えは変わらないんだ」
僧侶「その申し出を『断る』っていう答えは」
**『!』
僧侶「でも、その理由がはっきりしなくって」
僧侶「僕はなんのために、人間の側につくのかなって」
僧侶「それをずっと考えていたんだけど……」
僧侶「昔のことを思い出して、何となく分かったよ」
僧侶「僕がまだ小さかった頃、神父さんに連れられて散歩に行ったことがあるんだけど」
僧侶「お日様がぽかぽかしてて、風が気持ちよくて、とっても楽しかったんだ」
**『……?』
僧侶「他にも、美味しいものを食べたり、綺麗な風景を見たり」
僧侶「勉強も呪文の鍛錬も自由にできて、勇者と楽しくおしゃべりしたりして――」
僧侶「とにかく、僕は満ち足りてたんだ。そして、今だって満ち足りている」
僧侶「そりゃあこの旅で、すれ違いや残念なことも、悲しいこともたくさんあったよ」
僧侶「でも、そういうのも引っくるめて、僕はこの世界が好きなんだ」
僧侶「色んな事を教えてくれて、時に目一杯の幸せを感じさせてくれる、この世界が好き」
僧侶「だから僕は、この世界のために、僕にできることをしたい」
僧侶「だから僕は、戦うよ」
**『……』
**『ならば交渉決裂だな』
**『少しは利口だと思っていたが、常軌を逸するまでに奇人であったようだ』
**『さて……』
**『いま貴様は、「戦う」という語を漏らしたようだが』
**『それが何を意味するのか、理解した上での放言なのだろうな』
僧侶「できれば僕も、無用な争いはしたくないよ。稽古は好きだけど、実際に傷つけ合うのは嫌い」
僧侶「この旅だって、無意味な殺生はしなかったつもりだし、これからもしないつもりだけど」
僧侶「……お前が、僕をすんなり外に出してくれるとは思えないから」
**『その通りだ』
**『敵対が明確になったことは元より』
**『貴様がこの先の扉に押し入るというなら、我は阻止しなければならぬ』
僧侶「……」 グッ
**『さて……ところで我は、先刻勇者と相まみえた傷が癒えておらぬ』
**『またあの場から離脱することに、並ならぬ魔力を費やしてしまった』
僧侶「えっ? 勇者と戦ったって?」
**『そうだ』
**『計画が水泡に帰す危険を冒してまで、勇者の前に姿を晒したのは』
**『あの一行の素性を、この目で確かめてみたかったためだ』
**『伝説の武具の威力は、いかなるものであるのか』
**『我を打ち滅ぼそうとする輩とは、どのような顔つきをしているのか』
**『諸々の事情を兼ね、我は勇者共の前に現れた』
**『そして我は……やはり人間は下らぬ存在だと悟った上で、彼奴らに挑み……』
**『ろくに勇者共の戦力を削ぐことも叶わず、敗れ去った!』
**『ただしそれは、我が真の姿を伏せていたためだ』
**『我が、寸での場面で矜持を押し殺し、情に駆られなかったためだ』
**の ずじょうに
一対の赤い水晶が ならんだ! ▼
僧侶(! 眼が……浮かんでる……!?)
**『先に述べたように、今の我は困憊しており、魔力も枯渇寸前にある』
**『この姿で戦うとなれば、貴様如きにさえ、遅れを取りかねぬ』
**『ゆえに貴様を葬るには、不本意極まりなくも全霊を尽くすが必然となる』
**『絶望せよ。我の寛大なる招聘を拒んだこと』
**『その目、その耳、その身をもって悔いるがいい――』
僧侶(来る……!)
赤い水晶が あやしいひかりを はなった!
**は ドラゴラムを となえた!! ▼
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
僧侶(! ローブが千切れて……影が伸びていく……!)
僧侶(大きい……どんどん膨れ上がっていく!)
僧侶(どんどん……膨れて……)
僧侶(……あ……ああ……)
僧侶(大き――)
*「『グオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!』」
ビリビリビリ ビリビリビリビリ ピシッ
ビリビリ ビリ
ピシッ ビリビリ ビリビリビリ
竜王が あらわれた!! ▼
竜王『我こそは王の中の王、「竜王」である』 ズズズ…
竜王『おろかものめ』
竜王『おもいしるがよい』
僧侶「!」
僧侶は フバーハを となえた!
僧侶を やさしい ひかりのころもが つつみこんだ! ▼
竜王は もえさかるかえんを はきだした!
僧侶は 大ダメージを うけた! ▼
僧侶「うわああッ!」
僧侶(フバーハで軽減したのに、なんて火力!)
僧侶(――今まで戦ってきたドラゴンの魔物とは、大きさも強さも、まるきり次元が違う!)
僧侶(自身の強化を捨ておいてこれだけの力を! これが真の魔王――!)
竜王『グルルルル……』シュウウ…
僧侶「でも僕は……戦うんだ!」
竜王『ククク……久々にこの姿に帰ったが、身体を慣らす必要はなさそうだな』
竜王『むしろ力が漲ってくるわ……もはや何物も恐れはしない』
僧侶「やあああっ!」
竜王『む?』
僧侶の こうげき!
ミス! 竜王は ダメージをうけない! ▼