【南の港町>宿屋】
戦士「ふう」 どさっ
勇者「わあ、窓から海が見える……きれい……」
賢者「最上級の一室ならではの景色です。ここからの眺めは、今も昔と変わりませんね」
商人「ううむ、露店が並んでますな。我が身に宿る商魂が昂ぶってきますわ」
戦士「だが、夕刻を過ぎて店じまいも多いようだ。道具の調達などは明日が良かろう」
勇者「港町かぁ。てことは、大陸中の色んな人が行き交ってるんだよね」
勇者「魔王城に行くための情報なんかも、紛れてないかな」
商人「! ま、魔王城ですか」
戦士「ふっ、浮かれて目的を見失ってはいなかったようだな。当然だが」
勇者「ボクはただ、この旅を早く終わらせたいだけだよ」
賢者「さすが勇者様です。この町は唯一、彼の地へと陸続きになっていますからね」
勇者「うん。それが少し気になってたんだけど……」
賢者「ですが、ここから直接乗り込むのは、地形の関係で無理ということが判明しています」
賢者「詳しくお話ししましょう」
賢者「まず、地図をご覧下さい」バサッ
―――――――――【北の城】―――――――――
―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――
【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】
―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―
―――――――――【南の港町】 <現在地
賢者「少し分かりづらいですが、魔王城の周りは険しい山々で囲まれており」
賢者「さらにその外側を海が囲んでいます。もっと分かりやすく言うと」
賢者「地図を見てわかるように、この大陸はドーナツ型です。穴の部分が海です」
賢者「その海のど真ん中に、魔王城の大陸がぷかぷか浮かんでいるイメージです」
勇者「うんうん、そこまでは誰でも知ってる。でも……」
賢者「そうです。魔大陸は、完全に孤立していたわけではなかった」
戦士「つい最近、発見されたルートがあるのだな」
賢者「ええ、このルートが細い陸続きになっていることが判明しました」
【魔王城】
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【南の港町】
賢者「ですがこの経路はほとんど毒沼で満ちている上、仮に魔大陸に辿りついたとしても……」
勇者「しても?」
賢者「行き止まりなのです。前述したように、険しい山岳で塞がっていますから」
戦士「何とかして越えられないのか?」
賢者「ほぼ不可能でしょう。強敵ぞろいの魔物たちを突破した先には、想像を絶する急斜面――」
賢者「さらに今もなお、その周辺では毒が溢れ出ているときています。近付くことすら危険なのです」
賢者「一説には、魔王軍が大陸を侵略するために作り出した、橋渡し代わりの陸地だとか……」
勇者「そ、そんな……!」
戦士「……仮にそうだとして、奴らはなぜ南に橋渡しを? 大陸の拠点は北の城だろう」
商人「ううむ……恐ろしい話ですが……まさか奴ら……」
賢者「そうです。この大陸全ての人間の、退路を断つつもりかもしれません」
賢者「ご存知のように、この南の港町は大陸の最南端にあるため、南側に海を臨みます」
賢者「あ、一応断っておきますが、港町だからといって」
賢者「ドーナツ型の大陸の、穴に当たる部分の海は関係ないですよ。距離も離れていますし」
勇者「さすがに分かるよ」
勇者「◎←の小さい方の○の部分に、航路はないんだよね。魔王城も邪魔してるし」
戦士「それで?」
賢者「ええ、そうしてこの大陸には、どこを探しても港はここしかありません」
賢者「つまり大陸の人間が安全に異国に向かうとするなら、ここの船を使わざるを得ないのです」
賢者「ところがもし、魔王軍が押し寄せて来て、この港町が崩落してしまったら」
勇者「……残った人たちは、みんなこの大陸から出られなくなっちゃう……」
商人「同時に、異国との交易で得ていた物資の供給もなくなりますな」
賢者「そうです。本命の退路を絶ったところで、大陸の拠点たる北の城を一気に制圧する」
賢者「あとは東西に残った町村を攻め入れば、大陸の人間を根絶やしにできるでしょうね」
勇者「……そんな……」
戦士「ううむ……事態は極めて深刻だったようだな……」
勇者「……うん。でも、不安がっても何も始まらないよ」
戦士「む」
勇者「ねえ賢者さん、今の話だって、証拠は何もない憶測なんでしょ?」
賢者「え、ええ、そうですが」
勇者「ちなみに商人さん、この陸続きが見つかったのっていつの話?」
商人「ほんの一、二年前ぐらいですかな」
勇者「だったらもう結構経ってるし、てことは、まだすぐには攻めてこないんじゃないかな」
戦士「分からんぞ。明日来るかもしれん。あるいは今夜かも」
勇者「そんなこと言い出したら、火山の噴火に怯えるのと変わんないじゃん」
勇者「とにかく、気持ちだけ急いだって解決はしないよ。ボクらはボクらのペースで旅を続けよう」
賢者「……ええ、仰るとおりですね」
商人「ううむ。まぁ、そこに落ち着きますかな」
戦士「ふん、無責任なことだ。だが確かに、急いたところですぐに事態は変わる訳でもなし」
戦士「今夜はもう、明日に備えて眠るとしよう。構わんな?」
勇者「うん、今日はもう解散! 寝る人はおやすみ! 以上!」
――
商人「いやぁ、それにしても賢者殿を仲間にして正解でしたなあ」
賢者「はい? 何がでしょう?」
商人「先刻の、魔王の意図を看破する鋭い洞察力は、まさに研ぎ澄まされた刃そのもの!」
商人「木を削っただけの『ひのきのぼう』とは、比べ物になりませんて!」
戦士「分かっているとは思うが商人、勇者の前で『ぼう』の話は控えるのだぞ」
戦士「あの娘はまだパーティーの変化に慣れていない。余計なことを思い起こさせるな」
商人「分かっておりますとも」
賢者「『ひのきのぼう』……あの僧侶のことですか?」
戦士「うむ。賢者も多少は記憶に残っているだろう、あの愚鈍な少年のことだ」
賢者「前々から気になってはいたのですが、あの僧侶と勇者様は、どのような関係なのですか?」
戦士「何のことはない、ただの幼馴染つながりだ。もっとも……」
戦死「二人とも孤児だがな」
賢者「孤児?」
商人「いやあ聞くところによると、あそこの教会の処分には手を焼いたらしいですぞ」
賢者「教会?」
商人「そうです。ワシもそのとき居合わせたわけじゃないんですがね」
商人「当時の城下町は建築の最盛期でしてな。建て物の取り壊しと再建が流行っておりまして」
商人「その折で、みなしごを集めて孤児院代わりにしていた教会が、どうしても邪魔になりましてな」
賢者「その孤児の中に勇者様と、例の僧侶がいたと」
戦士「まぁ勇者だと分かったのは後の話だがな」
商人「で、なんでも再三の立ち退き勧告を、老いた神父が頑固に突っぱねたらしくて」
商人「周囲が頭を悩ませていたある日、その神父の方から孤児ともども出て行ったんです」
賢者「なんと。孤児たちは?」
商人「城下町の外れの林に、安普請の小屋があります。そこに全員移り住んだようです」
商人「ちょうど空き物件があったのを、神父がなけなしの財産をはたいて買い取ったんですわ」
賢者「なるほど、第二の孤児院といったところですか」
商人「それからひと月ほどと聞いてますが、その神父の爺さん、おっ死んでしまいましてな」
賢者「なんと。保護する者がいなくなった孤児たちは、どうなってしまったのですか」
戦士「……ある者は養子に迎えられ、ある者は町を出、ある者は己を鍛え……戦士になったのだ」
賢者「戦士に? まさか……戦士殿は、その孤児院の出身ということですか」
商人「な、なんと。ワシも初耳ですぞ」
戦士「俺が一番年の離れた年長だったからな。小屋を出るのも一番早かった」
戦士「勇者も僧侶も幼かったゆえ、このことは知らんだろう」
商人「も、申し訳ございませぬ。先の話の中で、いくばくか失言があったやも……」
戦士「勘違いするな。俺にとっては教会や小屋での思い出など、どうでもいいこと」
戦士「話を戻すぞ。その後、他の孤児たちも続々と小屋を出て行った。そして最後に二人だけ、残った」
賢者「二人。まさかその二人が」
商人「勇者様と『ひのきのぼう』というわけですな!」
戦士「そうだ。その時点ではさして気にも留めなかったが、ある時、とても看過できぬことが起きた」
賢者「天啓、ですね」
戦士「そう。今から数ヶ月前、天の導きにより、あの小娘が勇者に選ばれたのだ」
戦士「俺には、俺にはそれが理解できなかった。我慢ならなかった。……悔しかった」
戦士「定めを受け入れるまでは、時間がかかったぞ。今こそ、こうしてパーティーにいるがな」
戦士「……また話が逸れたな。俺のことは、くれぐれも周囲には内密に頼む」
戦士「そうして勇者が玉座の前でひざまずく日が来たとき、魔王討伐のパーティーが編成された」
戦士「まず王の命により、当時最も高い評価を得ていた実力者が選ばれた。それが俺だ」
戦士「俺は勇者を手助けする……というよりは、魔王を打ち果たすために、喜んで同行した」
戦士「次に勇者の仲間に加わったのが、僧侶だ。というより勇者が声をかけたのだがな」
戦士「俺は当時から奴には不満を感じていたが、回復呪文に長けていた点を買って黙認した」
戦士「それに勇者にとっては、慣れ親しんでいる者がそばにいた方が、長旅への不安も紛れるだろうしな」
賢者「……ふむ……」
戦士「そして最後に仲間に加わったのが」
商人「このワシです!」
戦士「ルイーダの酒場経由で最も優れた商人が紹介された。こんなところだ」
商人「あ、ちょ、ちょっと待ってくだされ! その辺の詳しい話は!?」
賢者「……勇者様はいまどちらに?」
戦士「さあな。宿屋は出ていないようだから、風呂か最上階のテラスだろう」
賢者「……テラスにいたなら、一時的にルーラで宿から抜け出しているやも。姿を確認してきます」
商人「ああちょっと! ワシがこのパーティーに行き着くまでの武勇伝は――!?」
【宿屋>テラス】
勇者「……」
勇者(月がきれいだな……)
勇者(……)
勇者(僧侶は今ごろ、あの小屋で元気にしてるかな)
勇者(なんで急に抜けちゃったんだろ。ボクに相談もなしに……)
勇者「……」
勇者(……ボクがついてなくて、大丈夫かな。僧侶は人が良すぎるから……)
勇者(ボクだって、僧侶がいなくて大丈夫かな。今まで数え切れないくらい、助けてもらった……)
勇者(……)
勇者(ちょっと顔を見に行くぐらい、いいかな)
勇者(今なら、呪文一つで簡単に会いにいける――) ス…
賢者(勇者様は……)
賢者(! いた!)
勇者(……)
勇者(やっぱりダメだ)
勇者(戦士さんの言うとおり、けじめをつけなきゃ)
勇者(いつまでも僧侶に甘えているようじゃ、きっと魔王なんか倒せっこない)
勇者(それに、僧侶はこのあたりで外れて良かったかもしれない)
勇者(いつもみんなのことに気を配りすぎて、自分のことはちっとも大事にしないんだもん)
勇者(魔王に行き着く前に、下手したら死んじゃうかもしれない)
勇者(そんなの絶対だめだ。だめだ。僧侶はあの家で、平和に過ごしてるのが一番なんだ)
勇者(だからボクは)
勇者は つるぎを ぬきはなった! ▼
勇者(強くならなきゃ。もっともっと強くなって、ボクがみんなを守れるようにしなきゃ)
勇者(ボクがみんなを引っ張れるくらいに……僧侶に心配をかけられずに済むぐらい、強く……)
賢者(勇者様……)
賢者(…………美しい……)
――――――――――――――――――――
【渓谷】
ビュオオオォォ……
僧侶(やっぱりこの辺は風が強いな……)
僧侶(ちょっと気を抜いたら、かわのぼうしが吹き飛ばされてしまいそう)
僧侶(しかもずっと向かい風なのはツイてないなぁ。一歩一歩が重いや)
僧侶(せめて地面につく杖でもあれば少しは楽なんだろうけど)
僧侶(このひのきのぼうじゃ長さが中途半端なんだよなぁ。前屈みでやっと地面につけるくらい)
僧侶(かといって持ち運びやすいとは言えない短さだし……。杖に短し持ち運びに長し、か)
僧侶(でもやっぱりそんなところも、中途半端な僕にはぴったりの武器だ。愛着わくよ)
僧侶(ああ、そういえばコレ、武器だったんだ。どんな風に扱えばいいんだろう)
僧侶(やっぱり、振り下ろして殴るのが普通なのかな。誰かが使ってるの見たことないからなぁ)
僧侶(次に魔物と戦わなくちゃいけなくなったとき、いろいろ試してみよう)
ビュオオオォォ……
僧侶(わっと。風が強いなぁ……)
僧侶(ん……!)
魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!
魔物Cが あらわれた! ▼
僧侶(後ろからだ! 前に逃げなくちゃ!)
僧侶は にげだした! ▼
しかし おいつかれてしまった! ▼
僧侶(向かい風が強くて足取りが重い……しかもこの魔物たちは素早いぞ!)
僧侶(戦うしか……)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
魔物のこうげき!