僧侶「ひのきのぼう……?」 4/31

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【南の港町>宿屋】

戦士「ふう」 どさっ

勇者「わあ、窓から海が見える……きれい……」

賢者「最上級の一室ならではの景色です。ここからの眺めは、今も昔と変わりませんね」

商人「ううむ、露店が並んでますな。我が身に宿る商魂が昂ぶってきますわ」

戦士「だが、夕刻を過ぎて店じまいも多いようだ。道具の調達などは明日が良かろう」

勇者「港町かぁ。てことは、大陸中の色んな人が行き交ってるんだよね」

勇者「魔王城に行くための情報なんかも、紛れてないかな」

商人「! ま、魔王城ですか」

戦士「ふっ、浮かれて目的を見失ってはいなかったようだな。当然だが」

勇者「ボクはただ、この旅を早く終わらせたいだけだよ」

賢者「さすが勇者様です。この町は唯一、彼の地へと陸続きになっていますからね」

勇者「うん。それが少し気になってたんだけど……」

賢者「ですが、ここから直接乗り込むのは、地形の関係で無理ということが判明しています」

賢者「詳しくお話ししましょう」

賢者「まず、地図をご覧下さい」バサッ

―――――――――【北の城】―――――――――

―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――

【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】

―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―

―――――――――【南の港町】 <現在地

賢者「少し分かりづらいですが、魔王城の周りは険しい山々で囲まれており」

賢者「さらにその外側を海が囲んでいます。もっと分かりやすく言うと」

賢者「地図を見てわかるように、この大陸はドーナツ型です。穴の部分が海です」

賢者「その海のど真ん中に、魔王城の大陸がぷかぷか浮かんでいるイメージです」

勇者「うんうん、そこまでは誰でも知ってる。でも……」

賢者「そうです。魔大陸は、完全に孤立していたわけではなかった」

戦士「つい最近、発見されたルートがあるのだな」

賢者「ええ、このルートが細い陸続きになっていることが判明しました」

【魔王城】

【南の港町】

賢者「ですがこの経路はほとんど毒沼で満ちている上、仮に魔大陸に辿りついたとしても……」

勇者「しても?」

賢者「行き止まりなのです。前述したように、険しい山岳で塞がっていますから」

戦士「何とかして越えられないのか?」

賢者「ほぼ不可能でしょう。強敵ぞろいの魔物たちを突破した先には、想像を絶する急斜面――」

賢者「さらに今もなお、その周辺では毒が溢れ出ているときています。近付くことすら危険なのです」

賢者「一説には、魔王軍が大陸を侵略するために作り出した、橋渡し代わりの陸地だとか……」

勇者「そ、そんな……!」

戦士「……仮にそうだとして、奴らはなぜ南に橋渡しを? 大陸の拠点は北の城だろう」

商人「ううむ……恐ろしい話ですが……まさか奴ら……」

賢者「そうです。この大陸全ての人間の、退路を断つつもりかもしれません」

賢者「ご存知のように、この南の港町は大陸の最南端にあるため、南側に海を臨みます」

賢者「あ、一応断っておきますが、港町だからといって」

賢者「ドーナツ型の大陸の、穴に当たる部分の海は関係ないですよ。距離も離れていますし」

勇者「さすがに分かるよ」

勇者「◎←の小さい方の○の部分に、航路はないんだよね。魔王城も邪魔してるし」

戦士「それで?」

賢者「ええ、そうしてこの大陸には、どこを探しても港はここしかありません」

賢者「つまり大陸の人間が安全に異国に向かうとするなら、ここの船を使わざるを得ないのです」

賢者「ところがもし、魔王軍が押し寄せて来て、この港町が崩落してしまったら」

勇者「……残った人たちは、みんなこの大陸から出られなくなっちゃう……」

商人「同時に、異国との交易で得ていた物資の供給もなくなりますな」

賢者「そうです。本命の退路を絶ったところで、大陸の拠点たる北の城を一気に制圧する」

賢者「あとは東西に残った町村を攻め入れば、大陸の人間を根絶やしにできるでしょうね」

勇者「……そんな……」

戦士「ううむ……事態は極めて深刻だったようだな……」

勇者「……うん。でも、不安がっても何も始まらないよ」

戦士「む」

勇者「ねえ賢者さん、今の話だって、証拠は何もない憶測なんでしょ?」

賢者「え、ええ、そうですが」

勇者「ちなみに商人さん、この陸続きが見つかったのっていつの話?」

商人「ほんの一、二年前ぐらいですかな」

勇者「だったらもう結構経ってるし、てことは、まだすぐには攻めてこないんじゃないかな」

戦士「分からんぞ。明日来るかもしれん。あるいは今夜かも」

勇者「そんなこと言い出したら、火山の噴火に怯えるのと変わんないじゃん」

勇者「とにかく、気持ちだけ急いだって解決はしないよ。ボクらはボクらのペースで旅を続けよう」

賢者「……ええ、仰るとおりですね」

商人「ううむ。まぁ、そこに落ち着きますかな」

戦士「ふん、無責任なことだ。だが確かに、急いたところですぐに事態は変わる訳でもなし」

戦士「今夜はもう、明日に備えて眠るとしよう。構わんな?」

勇者「うん、今日はもう解散! 寝る人はおやすみ! 以上!」

――

商人「いやぁ、それにしても賢者殿を仲間にして正解でしたなあ」

賢者「はい? 何がでしょう?」

商人「先刻の、魔王の意図を看破する鋭い洞察力は、まさに研ぎ澄まされた刃そのもの!」

商人「木を削っただけの『ひのきのぼう』とは、比べ物になりませんて!」

戦士「分かっているとは思うが商人、勇者の前で『ぼう』の話は控えるのだぞ」

戦士「あの娘はまだパーティーの変化に慣れていない。余計なことを思い起こさせるな」

商人「分かっておりますとも」

賢者「『ひのきのぼう』……あの僧侶のことですか?」

戦士「うむ。賢者も多少は記憶に残っているだろう、あの愚鈍な少年のことだ」

賢者「前々から気になってはいたのですが、あの僧侶と勇者様は、どのような関係なのですか?」

戦士「何のことはない、ただの幼馴染つながりだ。もっとも……」

戦死「二人とも孤児だがな」

賢者「孤児?」

商人「いやあ聞くところによると、あそこの教会の処分には手を焼いたらしいですぞ」

賢者「教会?」

商人「そうです。ワシもそのとき居合わせたわけじゃないんですがね」

商人「当時の城下町は建築の最盛期でしてな。建て物の取り壊しと再建が流行っておりまして」

商人「その折で、みなしごを集めて孤児院代わりにしていた教会が、どうしても邪魔になりましてな」

賢者「その孤児の中に勇者様と、例の僧侶がいたと」

戦士「まぁ勇者だと分かったのは後の話だがな」

商人「で、なんでも再三の立ち退き勧告を、老いた神父が頑固に突っぱねたらしくて」

商人「周囲が頭を悩ませていたある日、その神父の方から孤児ともども出て行ったんです」

賢者「なんと。孤児たちは?」

商人「城下町の外れの林に、安普請の小屋があります。そこに全員移り住んだようです」

商人「ちょうど空き物件があったのを、神父がなけなしの財産をはたいて買い取ったんですわ」

賢者「なるほど、第二の孤児院といったところですか」

商人「それからひと月ほどと聞いてますが、その神父の爺さん、おっ死んでしまいましてな」

賢者「なんと。保護する者がいなくなった孤児たちは、どうなってしまったのですか」

戦士「……ある者は養子に迎えられ、ある者は町を出、ある者は己を鍛え……戦士になったのだ」

賢者「戦士に? まさか……戦士殿は、その孤児院の出身ということですか」

商人「な、なんと。ワシも初耳ですぞ」

戦士「俺が一番年の離れた年長だったからな。小屋を出るのも一番早かった」

戦士「勇者も僧侶も幼かったゆえ、このことは知らんだろう」

商人「も、申し訳ございませぬ。先の話の中で、いくばくか失言があったやも……」

戦士「勘違いするな。俺にとっては教会や小屋での思い出など、どうでもいいこと」

戦士「話を戻すぞ。その後、他の孤児たちも続々と小屋を出て行った。そして最後に二人だけ、残った」

賢者「二人。まさかその二人が」

商人「勇者様と『ひのきのぼう』というわけですな!」

戦士「そうだ。その時点ではさして気にも留めなかったが、ある時、とても看過できぬことが起きた」

賢者「天啓、ですね」

戦士「そう。今から数ヶ月前、天の導きにより、あの小娘が勇者に選ばれたのだ」

戦士「俺には、俺にはそれが理解できなかった。我慢ならなかった。……悔しかった」

戦士「定めを受け入れるまでは、時間がかかったぞ。今こそ、こうしてパーティーにいるがな」

戦士「……また話が逸れたな。俺のことは、くれぐれも周囲には内密に頼む」

戦士「そうして勇者が玉座の前でひざまずく日が来たとき、魔王討伐のパーティーが編成された」

戦士「まず王の命により、当時最も高い評価を得ていた実力者が選ばれた。それが俺だ」

戦士「俺は勇者を手助けする……というよりは、魔王を打ち果たすために、喜んで同行した」

戦士「次に勇者の仲間に加わったのが、僧侶だ。というより勇者が声をかけたのだがな」

戦士「俺は当時から奴には不満を感じていたが、回復呪文に長けていた点を買って黙認した」

戦士「それに勇者にとっては、慣れ親しんでいる者がそばにいた方が、長旅への不安も紛れるだろうしな」

賢者「……ふむ……」

戦士「そして最後に仲間に加わったのが」

商人「このワシです!」

戦士「ルイーダの酒場経由で最も優れた商人が紹介された。こんなところだ」

商人「あ、ちょ、ちょっと待ってくだされ! その辺の詳しい話は!?」

賢者「……勇者様はいまどちらに?」

戦士「さあな。宿屋は出ていないようだから、風呂か最上階のテラスだろう」

賢者「……テラスにいたなら、一時的にルーラで宿から抜け出しているやも。姿を確認してきます」

商人「ああちょっと! ワシがこのパーティーに行き着くまでの武勇伝は――!?」

【宿屋>テラス】

勇者「……」

勇者(月がきれいだな……)

勇者(……)

勇者(僧侶は今ごろ、あの小屋で元気にしてるかな)

勇者(なんで急に抜けちゃったんだろ。ボクに相談もなしに……)

勇者「……」

勇者(……ボクがついてなくて、大丈夫かな。僧侶は人が良すぎるから……)

勇者(ボクだって、僧侶がいなくて大丈夫かな。今まで数え切れないくらい、助けてもらった……)

勇者(……)

勇者(ちょっと顔を見に行くぐらい、いいかな)

勇者(今なら、呪文一つで簡単に会いにいける――) ス…

賢者(勇者様は……)

賢者(! いた!)

勇者(……)

勇者(やっぱりダメだ)

勇者(戦士さんの言うとおり、けじめをつけなきゃ)

勇者(いつまでも僧侶に甘えているようじゃ、きっと魔王なんか倒せっこない)

勇者(それに、僧侶はこのあたりで外れて良かったかもしれない)

勇者(いつもみんなのことに気を配りすぎて、自分のことはちっとも大事にしないんだもん)

勇者(魔王に行き着く前に、下手したら死んじゃうかもしれない)

勇者(そんなの絶対だめだ。だめだ。僧侶はあの家で、平和に過ごしてるのが一番なんだ)

勇者(だからボクは)

勇者は つるぎを ぬきはなった! ▼

勇者(強くならなきゃ。もっともっと強くなって、ボクがみんなを守れるようにしなきゃ)

勇者(ボクがみんなを引っ張れるくらいに……僧侶に心配をかけられずに済むぐらい、強く……)

賢者(勇者様……)

賢者(…………美しい……)

――――――――――――――――――――

【渓谷】

ビュオオオォォ……

僧侶(やっぱりこの辺は風が強いな……)

僧侶(ちょっと気を抜いたら、かわのぼうしが吹き飛ばされてしまいそう)

僧侶(しかもずっと向かい風なのはツイてないなぁ。一歩一歩が重いや)

僧侶(せめて地面につく杖でもあれば少しは楽なんだろうけど)

僧侶(このひのきのぼうじゃ長さが中途半端なんだよなぁ。前屈みでやっと地面につけるくらい)

僧侶(かといって持ち運びやすいとは言えない短さだし……。杖に短し持ち運びに長し、か)

僧侶(でもやっぱりそんなところも、中途半端な僕にはぴったりの武器だ。愛着わくよ)

僧侶(ああ、そういえばコレ、武器だったんだ。どんな風に扱えばいいんだろう)

僧侶(やっぱり、振り下ろして殴るのが普通なのかな。誰かが使ってるの見たことないからなぁ)

僧侶(次に魔物と戦わなくちゃいけなくなったとき、いろいろ試してみよう)

ビュオオオォォ……

僧侶(わっと。風が強いなぁ……)

僧侶(ん……!)

魔物Aが あらわれた!

魔物Bが あらわれた!

魔物Cが あらわれた! ▼

僧侶(後ろからだ! 前に逃げなくちゃ!)

僧侶は にげだした! ▼

しかし おいつかれてしまった! ▼

僧侶(向かい風が強くて足取りが重い……しかもこの魔物たちは素早いぞ!)

僧侶(戦うしか……)

僧侶は スカラを となえた!

僧侶の 守備力が あがった! ▼

魔物のこうげき!

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