魔王「どうか、***」 10/27

息子「実はな、私は身分を偽り、とある人間と旅をしている」

竜「物好きなことで……」

息子「言うな。そして率直に言う。これから私が連れてくる人間と戦い、負けてもらいたい」

竜「……何、と?」

息子「いや、奇異に聞こえるかも知れぬが、これには理由が」

竜「お世継ぎ殿」

息子「……何だ」

竜「私のこの目は、人間の手によって潰されました」

息子「……」

竜「竜の子は、人の世で何らかの価値があるとか。そのためこの子を狙う人間が、ごく稀に現れますので」

息子「ふむ……そうして戦った結果がその目、というわけか」

竜「まあ、愚かな人間共は残らず私の腹の中に収まりましたが」

息子「だろうな」

息子「お前ほどの竜に敵う人間など、ごく少数だろうよ」

竜「僭越ながら……そのような人間など、あり得ないと思いますが」

息子「まあ……そうだな。そのはずだ」

竜「そのため、お世継ぎ殿。私は人間共を憎んでおります」

息子「だから、私には協力できない……嘘でも負ける気は無いと?」

竜「私は子供のため、どのような理由があろうと強剛な母でおらねばなりませぬので」

息子「……そうか。分かった。先程の話は忘れてくれ」

竜「感謝します」

息子「しかしお前、私によくそのような口が利けるものだな。何の間違いだか、あの方の子だぞ、私は」

竜「貴方は魔王様ではありませんし、実権を握ってはおりません。遠慮はそれほどいらないかと」

息子「親しみが持てるという意味で取っておく」

竜「それにお世継ぎ殿は私の子を保護し、わざわざここまでお連れ下さるような、お優しい方でございますし」

息子「いや……保護はしたが……仲間を探そうと提案したのは」

剣士「うっわー!」

息子「なっ…………!?」

竜「……」

剣士「すっげー竜だ!初めて見たぜすっげー!でっけー!かっけー!」

息子「お、おい貴様!」

剣士「あ、何だよお前ああ言ってたくせに、先に仲間を見つけてやるなんて!やっぱりツンデレだな!」

息子「……いいから、黙れ」

息子(手短に言う!こいつには私の正体を明かさぬように……!)

竜(お世継ぎ殿がそう仰るのであれば、従いましょう。しかし)

息子(何だ)

竜(この人間が、早く私の目の前から消えなければ……食わぬ保障はありませぬ)

息子(くっ……血気盛んであるのは魔物として正しい姿だが……面倒な!!)

剣士「おお!良かったなーちび!もう迷子になるんじゃねーぞ!」

息子「おい、用は済んだんだ。竜を刺激しないように早くここを……だから不用意に近付くな!」

剣士「そんでもって、そこのでかいの!これだけ言いに来た!」

竜「……」

剣士「子供から目を離すんじゃねえぞ!悪い人間だっているんだから、きちんと見とけよ!分かったな!」

竜「……」

息子「だから……クソ……」

剣士「あ、でも人間の言葉分かんねえのかな?どうしよ」

竜「……そこな人間よ」

剣士「へ?」

竜「では、貴様は『悪い人間』ではないと、言いたげだな」

剣士「喋れるのか!便利だな!」

息子「……それで済ませるな。会話を続ける努力をしろ。もしくは逃げろ」

剣士「何で?別に恐くねーし」

剣士「あと、何かあっても負ける気しねえしな」

竜「ほう……?」

息子「こっ……この馬鹿者!刺激するなと!」

剣士「大体お前が無事ってことは、さっきから平和に喋ってたんだろ?仲良くなってるってんなら早く言えよなー」

息子「…………」

剣士「え、何でそんな項垂れてんだ。大丈夫かお前」

竜「くっくっく……威勢の良い人間よ。人に、善悪など無いだろう。総じて等しく我ら魔物の餌でしかない」

剣士「まあ、大概はそうなんだろうけど。ん、っつーことは人を襲ってるってのは」

竜「我のことだろうな」

剣士「ふーん」

息子(マズイ……どのタイミングでどう連れ出すか、だな……)

息子(最悪こいつを殴り倒して……)

竜「何か言いたい事があるようだな。貴様ら人間とて、害なす敵を排除しようとするだろう? 我がやっているのは、それと同じことだ」

剣士「あ? んなこたどーだっていいんだよ」

竜「ほう」

剣士「どーせあれだろ、そのチビ狙って人間が来るってんだろ?」

竜「……貴様もその類か」

剣士「ちっげーよ。高く売れるってのは聞いたことがあったからな」

剣士「住処がバレて人間が来るってのに、なんでここを動かねえんだ? とっとと逃げた方が楽じゃねえの?」

竜「何故、我が人間などを恐れる必要がある」

剣士「ふうん」

竜「何より、我が子に無様な姿を見せられるものか。我は子のため、背を向けるわけにはいかぬのだ」

息子「おい、そろそろ行」

剣士「やっぱり分かんねえなあ」

息子「聞けと言うに!」

竜「……何がだ、人間」

剣士「守るもんがあるなら、何をどうやってもそれを守れよ。手段なんか選んでねえでさ」

竜「……守るとも。この我が」

剣士「ははは、あんな眼と鼻の先でも目が行き届いてないってのに。さっきもしチビが出くわしたのが、お前の言うところの餌になるような人間だったとしたらどうしたってんだよ」

竜「どこにいようと匂いで辿れる。必ず取り返してみせるさ」

剣士「もしその人間が、大勢仲間率いていたらどうする?でっけー国の王族かなんかの手に渡っちまえば、余計に面倒な事になるぜ」

竜「それでも……」

剣士「あと、竜ってのは長寿の妙薬になるとか何とかってのも聞くし。無事に取り戻せる保障なんて」

剣士「う……ぉっと。あっぶねーな。話し合いの最中に、いきなり何すんだ……」

竜「……」

息子「くっ……だから挑発するなと!馬鹿者が!!」

剣士「えー……まあ、大丈夫大丈夫。見ての通り、ちっと腕をかすっただけだから」

息子「竜の爪が掠ったんだぞ! 先程の子供とは違」

剣士「舐めてりゃ治るだろ……これくらい」

息子「そんなわけがあるか!!」

剣士「あーうん、止血は頼むわー」

竜「貴様……剣は抜かぬのか」

剣士「ま、ちょっと言い過ぎたみたいだし。お相子じゃね?」

竜「私は、貴様を殺す気だった」

剣士「うはは、残念でしたー……って、なんかふらふらすんな……そんな血は流してないはずなんだけどなあ」

竜「……私の爪は、毒を持っている」

剣士「おお、なるほ……ど」

息子「き、貴様ら何を気楽に言葉を交わしておるか……!!」

剣士「あー、もう駄目……ちょっと寝るわ。治療は任せた」

息子「だから貴様は嫌なんだ……!」

剣士「まーま……せいぜい背負って逃げてくれや。お前なら出来るって。んで、そこのでかいの……これだけ言っとく」

竜「……何だ」

剣士「体面とか、下らねえもんとは言わねえよ? 生きてく上で、失くしちゃなんねえもんだとは思うよ? でもよ、優先順位ってものがあるだろうよ」

竜「……」

剣士「人間なんて、集まると疲れる生き物敵に回すな。お互い面倒なことにならないためにも、せいぜいそっちは勝手に、どっか静かな所で楽に楽しく生きてくれ。それがちびのためだと思うのよ」

竜「……勝手な話だな。それを我が聞き入れるとでも、思っているのか?」

剣士「あ、やっぱり? だよねー……あはは、まあいいか。もー無理、おやすみ相棒……」

息子「お、おい!」

息子「気を失ったか……何がしたいんだ、こいつは。本当に」

竜「どうなさる、おつもりで」

息子「仕方ないだろう。治療してやる。まだ生きていてもらわねばならないからな」

竜「……申し訳御座いません」

息子「お前が悪い訳ではない。こいつが好き勝手に、ぺらぺら喋るから悪い。全ての原因はこいつだ」

竜「くく……」

竜「おかしな人間ですね」

息子「頭がな」

竜「……貴方様はその人間を、最後にはどうなさるおつもりですか」

息子「いつか、機を見て、死んでもらう」

竜「……」

息子「何だ、その目は」

竜「いえ……お世継ぎ殿はその……何でもありませぬ」

息子「変な奴だな。まあいい。では失礼する」

竜「はい。またいらして下さいませ」

息子「ああ。また、いつかな」

息子「さてと……馬を置いた場所まで戻らねば」

息子(毒はあいつに取り除いてもらったが……)

息子(怪我自体はな……どうしようもない)

息子(人間を治す魔法など、学んでおるわけがないだろうが)

息子(それを当てにし、気軽に倒れたのだろうか。無茶をせぬよう、言って聞かせておくべきだな……ただ)

息子「こいつを背負い慣れてしまったことが……虚しい」

夜中─

剣士「ん……あー、おはよー」

息子「……気がついたか」

剣士「おーう……っていてて、何だよ、起きたら魔法でぱーっと治ってるもんだと思ってたのに……」

息子「やはり私の魔法を当てにしていたか。言っておくが、私は回復魔法の類は全く使えぬからな」

剣士「うっわマジかよ使えねえ……んでもちゃんと助けて逃げてくれたんだな、褒め……いっでー!」

息子「上から物を言える立場か貴様は」

剣士「弱った怪我人を虐げるなんて……やっぱりお前ろくでもねえ」

息子「それだけ口が回れば大丈夫だな」

息子「一月もあれば治るはずだ。その……痕は残るだろうがな」

剣士「それならまあいいや。利き腕じゃなかっただけマシかな」

息子「……もっと賢く生きれば負わずに済んだ怪我だろうに」

剣士「いやだってさ、ああいうの見るとお節介妬きたくなるんだよねー」

息子「いやお前……相手は選べ」

剣士「ですよねー」

剣士「あ、あいつ何か言ってた?どっかに移るとか」

息子「何も」

剣士「そっかー。なら仕方ないかな」

息子「どうするつもりだ」

剣士「ん?放っておくに決まってんじゃねえか」

息子「……」

息子「ならば……今後も被害者が増え続けるぞ」

剣士「まあ、食われんのはあいつらに危害加えようなんてこと考える馬鹿だけだろうし。自業自得さ」

息子「同胞だぞ、いいのか」

剣士「まあ目覚めはちっとばかし悪いかもしんねーけど、好きにすりゃいいだろうよ」

息子「分からんな」

息子「貴様は一体何がしたいんだ。最早何もかもが分からぬわ」

剣士「んー、そうだなあ……お前、家族っている?」

息子「…………一応な」

剣士「そっか。そりゃ良かったよ」

息子「……貴様はどうなんだ」

剣士「勿論いねーよ。何年か前に皆死んじまった」

息子「……戦争か?」

剣士「そうそう」

息子「難儀な話だな」

剣士「そうなんだよ。難儀な話だ。ってか故郷じゃこの剣の腕前は有名でさあ。あの頃は引っ張りだこで、あちこち駆り出されたもんよ」

剣士「そりゃもう何百何千っていう敵を斬ったよ?そうすりゃいつか故郷が平和になる。皆幸せに生きていける。そう信じてたのにさ、結局頑張り虚しく国はボロ敗けで、帰ってみりゃ家どころか町すらねえって、ありゃど

息子「私に聞くな」

剣士「あはは、そうだよな。聞いた話じゃ、国王が白旗を挙げるちっとばかり前に攻められて皆殺しにされたんだって。その後ご丁寧にも火をつけられて、家族の遺体も見つからなかった。全くタイミングがわりぃったらあ

息子「……よく、平然と喋っていられるな」

剣士「辛いよ?でももうどうしようもねえことだ」

剣士「親父もお袋も、まだちっせー妹も死んじまった。形見なんか、もう何も残っちゃいねえ」

息子「……」

剣士「しかも戦況芳しくない中でも尚、大活躍を続ける英雄様の故郷だからって狙われたんだとよ。つまり原因はこの」

息子「やめておけ。今更だ」

剣士「……そうだな」

剣士「家族も故郷も無くなって、挙句戦犯だか何だかって処刑されかけてよ。命からがら逃げ出して来たって寸法さ」

息子「だから……国に仕えることを嫌っていたのか」

剣士「当然。もうああいうのだけはマジ勘弁だわ。んでも身を立てる手段は剣しか知らねえもんだから、ちっとでも有名になれば楽になるんだろうけど、あんまり有名になり過ぎると何か面倒かもなーってぐだぐだ今に至る

息子「……」

剣士「っつーわけで、ああいう危うい癖に幸せそうな家族とか見るとついつい踏み込んで余計なこと言いたくなっちまうんだよねえ。お前らその幸せ守るのは案外難しいもんなんだぞ!って」

息子「……本物の、馬鹿だな」

剣士「うはは、バカやってねえとこんなの生きてけねえよ」