息子「おーい」
息子「魔物やーい」
息子「出て来てくれないかー」
息子「……おーい」
息子「……」
息子「段々虚しくなってきた」
息子「はあ……」
息子「私は何をやっているのだろう」
息子「ふと我に返ると……何なのだろうな、これは」
息子「このような些細な自由ですら、そのうち叶わなくなるのだろうか」
息子「私は……何をすべきなのだろう」
息子「願うだけでは駄目だ。だが……私に何が出来ると言うのだ」
息子「はあ……」
息子「……そろそろ夜中か」
息子「仕方ない。今夜は諦めて」
ザッ──
息子「おお」
魔物「……」
息子「何だ、そちらから出向いてくれるとは感謝す」
魔物「……!」
息子「おっと」
息子「待て待て。ああ、この姿では分からぬか。ほら、術を解いたぞ」
魔物「……お前も、魔物か」
息子「ああ」
魔物「ちっ……何の用だ。また、魔王様からの命令か?」
息子「『また』?」
魔物「ああ?惚けるんじゃねえよ」
魔物「この前の戦いでちょっと意見を言っただけで、俺をこんなつまんねー場所に閉じ込めやがったのは魔王様だろうが」
息子「お前……父上に刃向かったと言うのか」
魔物「はあ?!父上?!魔王様がか?!」
息子「ああ」
魔物「気楽なバカ息子がいるとは聞いていたが……本当か?」
息子「好き好んで魔王の血筋を騙る馬鹿はいないだろう」
魔物「そりゃまー……確かにな」
魔物「で……その、魔王様のご子息様とやらが、俺に何の用だ」
息子(ふむ……そう言えば用と言う用はないな)
魔物「俺だって仕事があるんだ。暇じゃねえんだよ」
息子「こんな僻地で、どのような任務に?」
魔物「そんな御大層なもんじゃあねえよ」
魔物「ただ単に、人間の行き来を邪魔しろってだけだ」
息子「ほう」
魔物「物資や人間の流通を妨げ、奴らの弱体化を図るだの何だの。そんなくっだらねー仕事だよ」
息子「大層なものではないか」
魔物「場所を見て物言いやがれカス。こんな田舎の流通妨げて何になるんだってんだ」
息子「……随分とやさぐれているようだな」
魔物「ったりめーだろうが」
魔物「自分で言うのもなんだが、俺は腕に自信がある方でな。昔は先陣切って人間どもを狩ったもんだ」
息子「そうだろうな」
魔物「だがもう、何もかも飽きた。戦うことも、従うことも、だ」
息子「ほう……」
魔物「ご子息様は良いだろうよ。城でぬくぬくと引き籠ってりゃ仕舞だかんな。所詮俺ら下っ端は総じて、魔王様の玩具以下だ」
息子「否定はせん」
魔物「けっ」
魔物「で……本当に何の用だ。ご子息様直々とは、穏やかじゃねえにも程が……」
息子「何。単に、話でもしようかと」
魔物「…………はあ?」
息子「息抜きにこの辺りまで出たのだが、強い魔物がいると聞いてな。どんな奴だろうと思って来てみただけだ」
魔物「……っとーに呑気な奴だな」
息子「でなくば、このような地位など甘受出来んわ」
魔物「ちっ……俺は話すことなんかねえよ。とっとと帰れ」
息子「そう言うな。こちらとて、黙って引き下がれぬ理由があるのだ」
魔物「ああ……?何だ、言ってみろ」
息子「今、途轍もなく暇なのだ」
魔物「ぶん殴るぞてめえ」
息子「それと、お前のような私に物怖じせず話す魔物は久々でな。珍しい」
魔物「へいへい。そうかよ」
息子「仮にも魔王の血筋だぞ。そのような口を利けば、処断される可能性もあるだろうに」
魔物「そん時はそん時だ。もうどうでもいい」
息子「そうか。余計に気に入ったぞ」
魔物「畜生。変なのに懐かれた」
息子「そうだな。お前自身の話や、外の世界の話を聞いてみたい。私は城に籠りっきりだから情報に疎くてな」
魔物「だから帰れって言ってんだろ」
息子「良いではないか。同じ魔物、それも男同士だ。腹を割って話そうではないか」
魔物「喧しいわ。何が魔物同士だ。さっきから言おうと思っていたがな、お前妙に人間臭いんだよ」
息子「む、分かるのか。面白い奴がいてな、さっきまで飲み交わしていた」
魔物「……暇に任せて何やってんだてめえは」
息子「ただの暇潰しに、構ってやっただけのこと。勘違いするな」
魔物「ああうん、もうどうでもいいわ。好きにしやがれ」
息子「何だその目は」
魔物「ご子息様は気楽でいいなーって僻みの目だよ」
息子「なるほど。分かりやすい」
魔物「お前がいつか俺らの頭になるのかと思うと……頭痛がするわ」
息子「いつか、な。まあ、その時は和やかに認めてくれ」
魔物「……お前はどうなんだ?今の、この状況をどう思っている?」
息子「……随分と直球だな」
魔物「認めるかどうかはその返答と、今後の身の振り方次第だな」
息子「好ましくはない。それだけだ。今後はどうすべきか、まだ分からん」
魔物「……そうかよ」
息子「しかし、今の私に何かを変えさせようとしても無駄だぞ。出来ることなど、たかが知れている」
魔物「んなこと末端の俺が知るかよ。せいぜいこの行き辛い世を変えてくれや。未来の頭よ」
息子「ふむ……」
魔物「お望み通り話をしたぞ。俺だって少しは眠りてえんだ。帰れ」
息子「分かった。では、また来よう」
魔物「来るなら来るで、手土産の一つでも持って来るんだな」
息子「心得たよ」
魔物「けっ」
息子「ふむ……」
息子(現状を『変える』、か)
息子(今まで父上という原因を変えようとしていたが……問題そのものに着手するのも、ありかもしれんな)
息子(ならば私に出来ることは……出来ることは……)
息子(……何が、あるのだろうな)
朝─
息子「……朝か」
息子「結局ろくな案も出ず……」
息子「……はあ」
息子「ひと眠りして……もう一度魔物の所に行くか」
息子「他の意見を取り入れるのも、良いだろ」
ドンドンドンバタン!
剣士「爽やかな朝だな!おはよう!」
息子「…………おい、こら」
剣士「いやー、宿の人に聞いたぞ!酔い潰れたところを運んでくれたんだってな!礼を言うよ!」
息子「黙れ。勝手に入って来るな。私はこれから眠る。出て行け」
剣士「やっぱり仲間っていいよな!」
息子「聞け」
剣士「何だよ、昨日以上にテンション低いなあ。二日酔いか?」
息子「そんなところだ。理解が出来たら速やかに去れ。それと、仲間になった覚えはない」
剣士「ちぇっ。じゃあ昼過ぎにまた来るわ。仲間の件、考えといてくれよな!」
息子「知るか。とっとと消えろ」
剣士「口先だけの快い返答すら華麗に拒絶かよ。まあいいや、お大事になー」
バタン
息子「……はあ」
息子「思わぬ面倒を拾ってしまった気がするぞ」
息子「全く。人間の仲間になど、何を馬鹿げた……」
息子「…………」
息子「……ふむ」
息子「案外、使えるか?」
昼─
バタン!
剣士「よう!飯でも食いに行かねえか!」
息子「……ノックぐらい、しろ」
剣士「固い事言うんじゃねえよ。全くの他人じゃああるまいし」
息子「他人だろう?」
剣士「わー、素の顔だー」
息子「まあいい。そろそろ腹が減ってきた所だ。付き合ってやろう」
剣士「そう来なくっちゃな!」
食堂─
息子「では、これと、これと……これを頼む。お前はどうするんだ」
剣士「水とパンだけでいいかなー」
息子「……今注文した品を、それぞれ二つずつ頼む」
剣士「え、ちょっと待て。そんなの払える余裕なんか」
息子「奢ってやるから大人しく食え」
剣士「マジ?!」
剣士「いやーなんか悪いねえ」
息子「お前、少しは外聞を考えてみろ。外聞を」
剣士「そんなもの気にしてちゃスカウトなんざ出来ないんだぜ!」
息子「ほう。ならば運ばれてくる料理、全て私が平らげてやっても良いのだぞ?」
剣士「すいません。マジ腹減ってます。外聞超重要」
息子「いいだろう」
剣士「でもあれだな。あんた予想以上に羽振りいいよなあ」
息子「予想?」
剣士「着てるもんで結構持ってるだろうなーって思ってたから」
息子「まあ、不自由せん程度には身銭を持っている」
剣士「やっぱりね。つまり決まりだ」
息子「何がだ」
剣士「そんな大金持って旅するなんて危険だろ?ボディーガードがてらに仲間なんてどうよ!」
息子「胸を張られてもな」
剣士「維持費は一日三食と寝床、そして適度な間食と小遣いだ!」
息子「明らかに投資と収益が釣り合わんだろう」
剣士「やだなー、あんたどんな計算してんだよ」
息子「こちらの台詞だ」
息子「第一、そのような大それた売り込みは、力ある者にのみ許されるものだ」
剣士「だから言ってるだろ強いって!昨日のあれはタイミングが」
息子「ぱっとお前を見ただけで、容易く信じられなくなる話だな」
剣士「そりゃ、今まで強そうに見られたことなんてねえけどよ」
息子「ほらな」
剣士「くっ……馬鹿にしやがって!表に出ろ!今すぐ実力を見せ」
息子「料理が来たぞ」
剣士「ありがたく頂きます!!」
剣士「ふー……食った食った」
息子「満足して頂けたようで何よりだ」
剣士「仏頂面で言うんじゃねえよ」
息子「そうさせているのはお前だろう」
剣士「酷い言い草だなあ……。まあいいや、御馳走さま」
息子「ああ」
息子「ところで、お前が強いという証明だが、そうするつもりだ?」
剣士「んー、じゃあ腹も膨れたところだし、手合わせ願うわ」
息子「構わんが。昨日の魔法を見て、よく私に挑む気になるな」
剣士「そりゃまあ、強いですし?」
息子「面白い冗談だな。さすが腕の立つ剣士様は、一味違うことを仰られる」
剣士「うわあ腹立つ」