剣士「お前さっき鬱陶しいって言っただろ!?」
息子「言いはしたが、今の方が遠目から目立っていい」
剣士「見つけやすいから?」
息子「それ以外に何がある」
剣士「はあ……もうやだ面倒臭い。でもまあわーったよ。しばらく切らねえ」
息子「出来ればそうしておけ」
剣士「何はともあれ、これからまさかの城勤めが始まるぜ」
息子「まさかの、な」
剣士「はっはっはー。お前せいぜい先輩に従うんだぞ!」
息子「は?」
剣士「目の前の! このつっええ剣士様は元城勤めだぜ!」
息子「ああ……なるほど」
息子「故郷ではやはりあれか、要職にでも就いていたのか」
剣士「おうよ。あれよあれよという間に出世街道驀進だったぜ」
息子「お頼もしい事で」
剣士「その分僻みやっかみ諸々えげつなかったけどな」
息子「想像に難くないな」
息子「そして、それを物ともしないお前の姿もな」
剣士「だっろー? 政略結婚とか色々話もあったけど全部蹴ってやったわ!」
息子「後悔しているだろう」
剣士「……ちょっとだけ」
息子「うむ。とりあえずまあ……飲め」
剣士「おう……」
剣士「まあ何にせよ、先輩のお言葉には従えよ」
息子「分かった分かった。では先輩殿。何か言うことは」
剣士「そうだなあ。お前の実力だったら、さくっと武功上げてさくっと昇進って感じだろう」
息子「その通りだろうな。で?」
剣士「だから、あんま目立つのはやめとけ」
息子「……言うと思ったわ」
剣士「だっろー?」
剣士「そういうわけで! まあ適当に目立たず行こうぜ!」
息子「与えられる仕事次第だがな」
剣士「それでも! 極力!」
息子「……まあいいだろう」
剣士「そうそう。その調子で従順に」
息子「お前が果たしてどの程度、大人しくしていられるものか、見ものだな」
剣士「ぐっ……」
剣士「お前はそう言うけどなー、一回失敗してるんだからいくらなんでも学んで」
息子「手を抜くなどといった高度な芸当が、お前に出来るとは思えんがな」
剣士「うはは、何だよそれくらい余裕で…………」
息子「どうした」
剣士「わざと負けるなんてやったことねえや、そういえば」
息子「ほらな」
剣士「み、見てろ! ぜってーに上手くやってやるんだからな! 不可能は無い!」
息子「まあ、期待して見ておくか。側でほくそ笑みながら」
剣士「てめぇ……」
次の日─
姫「おはようございます。剣士様。お連れ様」
息子「ああ」
剣士「……おはよー」
姫「ふふ……嫌ですわね、あからさまにそのような顔をなさらずとも」
剣士「いやまあ……はあ」
息子「ま、頑張れ」
姫「では……本日よりお仕事をお任せするわけですけれども」
剣士「城の巡視? それとも街の詰め所で待機? そんなところだよな」
姫「いえ、もっと簡単な事です」
剣士「おお! 話が分かって助かるよ!」
息子「私は何をすればいい?」
姫「剣士様の……そうですね、付き人でもお願いしましょうか」
息子「メインはこいつか。楽が出来ていいな」
姫「気に入って頂けたようで良かったですわ」
剣士「あれ何か不穏な空気?」
将軍「……ごほん」
将軍「皆の者。静粛に」
将軍「本日の鍛錬は私が見る事になっていたが……」
将軍「急遽予定が変わり……この方に依頼することになった」
剣士「…………」
ザワザワ…
「……おいおい、どういうことだ?」
「将軍様も姫様も何を考えてらっしゃるのやら……」
「ってか、マジで俺達『あれ』に稽古つけられるのか?」
「何かの冗談だろ」
将軍「静粛に!」
将軍「本日は、姫様も鍛錬の様子をご覧になるため、わざわざいらして下さっている」
将軍「平時と異なるからといって、怠ることの無いように」
将軍「以上だ!」
将軍「……では、剣士殿」
剣士「いやいやいや、ちょっとたんま」
剣士「どういうこと」
将軍「はあ……姫様から窺っていらっしゃると思いますが」
剣士「聞いたよ。んでも分かんねえもんは分かんねえよ」
将軍「単に、この場にいる城の兵士達に剣のご教授をと」
剣士「冗談じゃねえ!!」
息子「……何を考えているのやら」
姫「ふふ……良い機会ですもの」
息子「あれの実力を示すことが?」
姫「我が国は将軍並の使い手を他に有しておりませんの。お披露目は早い方が良いかと」
息子「新しい玩具は、自慢したくなるものなあ」
姫「まあ……そのような事、思っておりませんわよ。失礼しちゃいますわ」
息子「そうかそうか」
姫「で、お連れ様から見てどう思われますの?」
息子「……どう、とは?」
姫「剣士様の腕前ですわ。私も初めてお目にするのですけど」
息子「そうだな……ざっと見たところで、今いるのは百人程か」
姫「城にいる兵の一部ですけれども。それが何か?」
息子「あれくらいならば、一瞬で片が付く」
姫「…………まあ」
姫「でも、当のご本人様が乗り気ではありませんことよ?」
息子「それはまあ……そうだろうな」
姫「いけませんわ。ここでもし手を抜かれては兵達に示しが」
息子「その心配は無いだろう。ほれ」
姫「え?」
剣士「今弱そうって言った奴出て来い! まとめて出て来い! 束で来い!!」
将軍「ちょ、ちょっと剣士殿」
剣士「修練用の木刀だからって人が殺せねえ訳じゃねえんだぞ!? それをたーっぷり教え込んでやるわ!!」
将軍「お待ちください剣士殿! 本日は剣の心得を説いて頂く程度で」
剣士「出て来ねえようだったらこっちから行くぜ!! はーい実践演習開始ぃぃいい!!」
将軍「剣士殿!?」
姫「……」
息子「あれはな、驚くほどに気が短いんだ」
姫「こほん。ま、まあ良かった……ですわ」
息子「全く……人には目立つなと言っておいて。面倒な奴だ」
姫「そう仰るわりに、随分と楽しそうですわね」
息子「そう見えるか」
姫「そういえば、剣士様からお伺いしましたけれども」
息子「何をだろう」
姫「貴方は、剣士様の名を広めたいようですわね」
息子「ああ。それがどうした」
姫「どのような目的がおありですの?」
息子「単なる暇潰しだ」
息子「暇潰しに、厄介な動物の飼育をしている。それだけだ」
姫「……剣士様は、渡しませんわよ」
息子「いるわけがないだろう。ただ、あいつは私が使わせてもらう」
姫「全くもう。剣士様、貴方のようなお方の、どこが気に入ったのかしら」
息子「さあな。本人に聞いてくれ」
姫「そうしますわ。私、剣士様ともっともっと、仲を深めたいと思っておりますし」
息子「打算か、掛け値の無い本心か」
姫「どちらだと思います?」
息子「どちらだろうと、私には関係の無い話だ」
姫「あら、つれないお方」
姫「剣士様ついでに、貴方とも仲良くして差し上げてもよろしいですわよ」
息子「女ならば間に合っている」
姫「まあ……どのような意味でしょうか」
息子「どう取ってもらっても構わん」
姫「面白い方ですわねえ。流石は剣士様のお連れ様」
息子「そういう分類はやめてくれ」
剣士「ぜぇはぁ……さあて次はどいつが相手になるんだ……って」
将軍「……剣士様」
剣士「あれ。何で残った奴ら皆遠巻きに見てんだ。あれ?」
将軍「この人数を一太刀の下に斬り捨てれば……そりゃあ」
剣士「うはは。大丈夫大丈夫。これ木刀だし。峰打ちだし。これくらいの芸当普通だろ?」
将軍「この短時間で……これだけの人数を……というのはその……少し」
剣士「え?」
姫「順調ですわねえ」
息子「順調に、引かれているな」
姫「あら、畏怖と崇敬は同義になり得るのですわよ」
息子「どうだろうな。対象があれだぞ」
姫「貴方は剣士様を買い被っていたり、低く見たり。忙しい方ですわねえ」
息子「状況に応じてな」
姫「卑怯なお方」
剣士「え、えっと……ただいまー」
息子「ああ」
剣士「何だよお前、ずっと見てたんだろ。労いの言葉は無しか」
息子「労いが必要な程の労働だったか?」
剣士「いんや」
息子「だろうよ」
将軍「……」
姫「ご苦労様でした、剣士様。ありがとうございます」
剣士「え、ああ……でも、こんなんで良かったのか?」
姫「ええ。十分すぎる程ですわ」
剣士「良かったー。ヘマやっちまったかと思ったぜ」
姫「そんなことはありませんわ。ねえ、将軍」
将軍「え……はあ、まあ……」
将軍「予定よりも……随分と早く切り上げざるを得ませんでしたが……」
剣士「おっとやっぱりヤバかった……?」
将軍「いえ。ありがとうございました」
剣士「え? 何で頭下げるんすか?」
将軍「貴方の戦う姿を……もう一度この目で拝みたいと思っておりましたので」
剣士「おお! リベンジならいつでも受けるぜ!」
将軍「…………はい」
剣士「あれ?」
剣士「今度は何かまずいこと言ったかな? どう思うお前」
息子「さあな。では、本日の業務はこれで終了だろうか?」
姫「うーん……そうですわねえ。一応は」
息子「では、少し付き合え」
剣士「何に?」
息子「いいから」
剣士「ちょ、引っ張るなって。じゃあまた会いましょー姫さん、将軍さん」
姫「はい。また」
将軍「あ……」
剣士「で、何なのよお前ー」
息子「だから付き合えと」
剣士「何にだよ」
息子「鍛錬だ」
剣士「は?」
息子「はっ、腹が立つなその呆けた面。思わず殴りたくなる」
剣士「言いつつ小突くな! 人のことをなんだと思ってやがるんだ!」