魔王「どうか、***」 17/27

剣士「お前さっき鬱陶しいって言っただろ!?」

息子「言いはしたが、今の方が遠目から目立っていい」

剣士「見つけやすいから?」

息子「それ以外に何がある」

剣士「はあ……もうやだ面倒臭い。でもまあわーったよ。しばらく切らねえ」

息子「出来ればそうしておけ」

剣士「何はともあれ、これからまさかの城勤めが始まるぜ」

息子「まさかの、な」

剣士「はっはっはー。お前せいぜい先輩に従うんだぞ!」

息子「は?」

剣士「目の前の! このつっええ剣士様は元城勤めだぜ!」

息子「ああ……なるほど」

息子「故郷ではやはりあれか、要職にでも就いていたのか」

剣士「おうよ。あれよあれよという間に出世街道驀進だったぜ」

息子「お頼もしい事で」

剣士「その分僻みやっかみ諸々えげつなかったけどな」

息子「想像に難くないな」

息子「そして、それを物ともしないお前の姿もな」

剣士「だっろー? 政略結婚とか色々話もあったけど全部蹴ってやったわ!」

息子「後悔しているだろう」

剣士「……ちょっとだけ」

息子「うむ。とりあえずまあ……飲め」

剣士「おう……」

剣士「まあ何にせよ、先輩のお言葉には従えよ」

息子「分かった分かった。では先輩殿。何か言うことは」

剣士「そうだなあ。お前の実力だったら、さくっと武功上げてさくっと昇進って感じだろう」

息子「その通りだろうな。で?」

剣士「だから、あんま目立つのはやめとけ」

息子「……言うと思ったわ」

剣士「だっろー?」

剣士「そういうわけで! まあ適当に目立たず行こうぜ!」

息子「与えられる仕事次第だがな」

剣士「それでも! 極力!」

息子「……まあいいだろう」

剣士「そうそう。その調子で従順に」

息子「お前が果たしてどの程度、大人しくしていられるものか、見ものだな」

剣士「ぐっ……」

剣士「お前はそう言うけどなー、一回失敗してるんだからいくらなんでも学んで」

息子「手を抜くなどといった高度な芸当が、お前に出来るとは思えんがな」

剣士「うはは、何だよそれくらい余裕で…………」

息子「どうした」

剣士「わざと負けるなんてやったことねえや、そういえば」

息子「ほらな」

剣士「み、見てろ! ぜってーに上手くやってやるんだからな! 不可能は無い!」

息子「まあ、期待して見ておくか。側でほくそ笑みながら」

剣士「てめぇ……」

次の日─

姫「おはようございます。剣士様。お連れ様」

息子「ああ」

剣士「……おはよー」

姫「ふふ……嫌ですわね、あからさまにそのような顔をなさらずとも」

剣士「いやまあ……はあ」

息子「ま、頑張れ」

姫「では……本日よりお仕事をお任せするわけですけれども」

剣士「城の巡視? それとも街の詰め所で待機? そんなところだよな」

姫「いえ、もっと簡単な事です」

剣士「おお! 話が分かって助かるよ!」

息子「私は何をすればいい?」

姫「剣士様の……そうですね、付き人でもお願いしましょうか」

息子「メインはこいつか。楽が出来ていいな」

姫「気に入って頂けたようで良かったですわ」

剣士「あれ何か不穏な空気?」

将軍「……ごほん」

将軍「皆の者。静粛に」

将軍「本日の鍛錬は私が見る事になっていたが……」

将軍「急遽予定が変わり……この方に依頼することになった」

剣士「…………」

ザワザワ…

「……おいおい、どういうことだ?」

「将軍様も姫様も何を考えてらっしゃるのやら……」

「ってか、マジで俺達『あれ』に稽古つけられるのか?」

「何かの冗談だろ」

将軍「静粛に!」

将軍「本日は、姫様も鍛錬の様子をご覧になるため、わざわざいらして下さっている」

将軍「平時と異なるからといって、怠ることの無いように」

将軍「以上だ!」

将軍「……では、剣士殿」

剣士「いやいやいや、ちょっとたんま」

剣士「どういうこと」

将軍「はあ……姫様から窺っていらっしゃると思いますが」

剣士「聞いたよ。んでも分かんねえもんは分かんねえよ」

将軍「単に、この場にいる城の兵士達に剣のご教授をと」

剣士「冗談じゃねえ!!」

息子「……何を考えているのやら」

姫「ふふ……良い機会ですもの」

息子「あれの実力を示すことが?」

姫「我が国は将軍並の使い手を他に有しておりませんの。お披露目は早い方が良いかと」

息子「新しい玩具は、自慢したくなるものなあ」

姫「まあ……そのような事、思っておりませんわよ。失礼しちゃいますわ」

息子「そうかそうか」

姫「で、お連れ様から見てどう思われますの?」

息子「……どう、とは?」

姫「剣士様の腕前ですわ。私も初めてお目にするのですけど」

息子「そうだな……ざっと見たところで、今いるのは百人程か」

姫「城にいる兵の一部ですけれども。それが何か?」

息子「あれくらいならば、一瞬で片が付く」

姫「…………まあ」

姫「でも、当のご本人様が乗り気ではありませんことよ?」

息子「それはまあ……そうだろうな」

姫「いけませんわ。ここでもし手を抜かれては兵達に示しが」

息子「その心配は無いだろう。ほれ」

姫「え?」

剣士「今弱そうって言った奴出て来い! まとめて出て来い! 束で来い!!」

将軍「ちょ、ちょっと剣士殿」

剣士「修練用の木刀だからって人が殺せねえ訳じゃねえんだぞ!? それをたーっぷり教え込んでやるわ!!」

将軍「お待ちください剣士殿! 本日は剣の心得を説いて頂く程度で」

剣士「出て来ねえようだったらこっちから行くぜ!! はーい実践演習開始ぃぃいい!!」

将軍「剣士殿!?」

姫「……」

息子「あれはな、驚くほどに気が短いんだ」

姫「こほん。ま、まあ良かった……ですわ」

息子「全く……人には目立つなと言っておいて。面倒な奴だ」

姫「そう仰るわりに、随分と楽しそうですわね」

息子「そう見えるか」

姫「そういえば、剣士様からお伺いしましたけれども」

息子「何をだろう」

姫「貴方は、剣士様の名を広めたいようですわね」

息子「ああ。それがどうした」

姫「どのような目的がおありですの?」

息子「単なる暇潰しだ」

息子「暇潰しに、厄介な動物の飼育をしている。それだけだ」

姫「……剣士様は、渡しませんわよ」

息子「いるわけがないだろう。ただ、あいつは私が使わせてもらう」

姫「全くもう。剣士様、貴方のようなお方の、どこが気に入ったのかしら」

息子「さあな。本人に聞いてくれ」

姫「そうしますわ。私、剣士様ともっともっと、仲を深めたいと思っておりますし」

息子「打算か、掛け値の無い本心か」

姫「どちらだと思います?」

息子「どちらだろうと、私には関係の無い話だ」

姫「あら、つれないお方」

姫「剣士様ついでに、貴方とも仲良くして差し上げてもよろしいですわよ」

息子「女ならば間に合っている」

姫「まあ……どのような意味でしょうか」

息子「どう取ってもらっても構わん」

姫「面白い方ですわねえ。流石は剣士様のお連れ様」

息子「そういう分類はやめてくれ」

剣士「ぜぇはぁ……さあて次はどいつが相手になるんだ……って」

将軍「……剣士様」

剣士「あれ。何で残った奴ら皆遠巻きに見てんだ。あれ?」

将軍「この人数を一太刀の下に斬り捨てれば……そりゃあ」

剣士「うはは。大丈夫大丈夫。これ木刀だし。峰打ちだし。これくらいの芸当普通だろ?」

将軍「この短時間で……これだけの人数を……というのはその……少し」

剣士「え?」

姫「順調ですわねえ」

息子「順調に、引かれているな」

姫「あら、畏怖と崇敬は同義になり得るのですわよ」

息子「どうだろうな。対象があれだぞ」

姫「貴方は剣士様を買い被っていたり、低く見たり。忙しい方ですわねえ」

息子「状況に応じてな」

姫「卑怯なお方」

剣士「え、えっと……ただいまー」

息子「ああ」

剣士「何だよお前、ずっと見てたんだろ。労いの言葉は無しか」

息子「労いが必要な程の労働だったか?」

剣士「いんや」

息子「だろうよ」

将軍「……」

姫「ご苦労様でした、剣士様。ありがとうございます」

剣士「え、ああ……でも、こんなんで良かったのか?」

姫「ええ。十分すぎる程ですわ」

剣士「良かったー。ヘマやっちまったかと思ったぜ」

姫「そんなことはありませんわ。ねえ、将軍」

将軍「え……はあ、まあ……」

将軍「予定よりも……随分と早く切り上げざるを得ませんでしたが……」

剣士「おっとやっぱりヤバかった……?」

将軍「いえ。ありがとうございました」

剣士「え? 何で頭下げるんすか?」

将軍「貴方の戦う姿を……もう一度この目で拝みたいと思っておりましたので」

剣士「おお! リベンジならいつでも受けるぜ!」

将軍「…………はい」

剣士「あれ?」

剣士「今度は何かまずいこと言ったかな? どう思うお前」

息子「さあな。では、本日の業務はこれで終了だろうか?」

姫「うーん……そうですわねえ。一応は」

息子「では、少し付き合え」

剣士「何に?」

息子「いいから」

剣士「ちょ、引っ張るなって。じゃあまた会いましょー姫さん、将軍さん」

姫「はい。また」

将軍「あ……」

剣士「で、何なのよお前ー」

息子「だから付き合えと」

剣士「何にだよ」

息子「鍛錬だ」

剣士「は?」

息子「はっ、腹が立つなその呆けた面。思わず殴りたくなる」

剣士「言いつつ小突くな! 人のことをなんだと思ってやがるんだ!」