剣士「だからやるよ。やってやる。あんたの思うようにこの命、使ってくれればいい」
姫「!?」
剣士「死ぬ気で……いんや。死んでもあんたの言う、勇者になってやるさ。出来る限りだがな」
姫「……どうして、急に」
剣士「こんな人殺しでもさ、守りたいものは……一応あるんだ」
姫「そう……」
姫「剣士様」
剣士「ああ?」
姫「ありがとう」
剣士「そりゃ気が早いってもんだ」
姫「ふふ……貴方ってやっぱり、おかしな人」
剣士「うはは、それはよく言われる」
剣士「ふう……」
剣士「いや、待て待て」
剣士「何で安請け合いしちゃったんだろ……どう考えたって“詰み”だろ」
剣士「あーあー……馬鹿もここまで来るとほんと、我ながら……ねえ」
剣士「ま、仕方ないか。なるようになんだろ」
息子「何の話だ?」
剣士「!?」
息子「よう」
剣士「……」
息子「何だその顔は。まるで死者にでも会ったかのような不景気な面をしおって」
剣士「……お帰り」
息子「ああ。今戻った。大変だったそうだな」
剣士「今も大変なんだよ」
息子「ほう」
剣士「何かさー、成り行きで魔王退治にマジで行くことになっちまったんだわ」
息子「……はあ?」
剣士「いや! なんかこう、売り言葉に買い言葉ってやつでさ」
息子「意味が分からん」
剣士「元を断つって安易な考えに、下は振りまわされるわけですよ」
息子「なるほどな」
剣士「え、マジか。これで納得すんのかお前」
息子「で、どうするのだ。逃げるのか?」
剣士「いんや。仕方ねえし、付き合ってやろうかと思ってな」
息子「ほう」
剣士「というわけだから、お前は逃げていいぜ?」
息子「……どういうわけだ」
剣士「なんでこれには納得しないんだ」
剣士「依頼が来たのも、了承したのも、覚悟したのもお前じゃねえだろ?」
息子「まあな」
剣士「姫さんはお前を説得してくれって頼んできたけどさ。お前にゃそんな義理もねえしな」
息子「当然だな。私はお前のオマケでここにいるだけだ」
剣士「だからさ、お前は無理に付き合うこたねえだろ」
息子「まあ、それもそうだろうな」
剣士「っつーわけで逃げ……何で殴った今」
息子「お前がまた、意味の分からんことを言うからだ」
剣士「だったら口でどうこうしろや! 何が意味分かんねえか言え!!」
息子「何故私が逃げる必要がある」
剣士「はあ?」
剣士「お前聞いてなかったのかよ。魔王を相手に戦争しに行くんだぜ? どう考えたって参加したくはねえだろうが」
息子「以前言っただろう。私はどこまでも、お前に協力してやると。お前の剣に、盾になってやるのだと」
剣士「……死ぬかも知れねえんだぞ」
息子「何。どうせ、ただでさえ使い道の限られた命だ。どう使おうと私の勝手だ」
剣士「うはは……とんだ馬鹿野郎がいたもんだよ」
息子「貴様にだけは言われたくないな」
剣士「んじゃまあ……いっちょ頑張りますか。相棒」
息子「ああ」
剣士「そういえばお前、何か忘れてるもんあるだろ」
息子「は?」
剣士「土産だ土産! 期待してろって言ってただろ!!」
息子「ああ。忘れた」
剣士「マジかよ!!」
剣士「てめぇあっさりと片付けやがって……」
息子「まあ待て。何故剣を抜く必要が。また今度何か与えてやろう」
剣士「今度こそマジだろうな」
息子「ああ。全て落ち着いた、その後にな」
剣士「うはは! そりゃまたやる気が湧くお言葉だね! んじゃまあ更に期待してんぜ!」
息子「ふん。勝手にしていろ」
十数日後─
剣士「っつーわけだって」
息子「……ほう」
剣士「どう思う?」
息子「勿論……馬鹿にされているとしか」
剣士「ですよねー」
息子「なるほどな。同盟は建前の部分も多いと言うことか」
剣士「そりゃまあ……今回のことで、どこの国の民も皆不安だろうしな」
息子「だからといって、竜一匹仕留めた程度のお前が、どうして抜擢されるのやら」
剣士「どこもかしこもここよりかなりの被害受けてんだ。無傷に等しいこの国が、とりあえずはまず頑張れって話なんだろ」
息子「見事なまでに貧乏くじを引かされたな」
剣士「全くだわ」
剣士「でもさあ……あのチビどうなったんだろ」
息子「……お前の斬った竜の、子供か」
剣士「そう言われると罪悪感あるんだけど……事実だけど」
息子「棲んでいた洞窟はもぬけの殻だという話だったな」
剣士「ああ。チビだけでも……生きててくれるといいなあ」
息子「偽善だな」
剣士「無いよりマシだ」
息子「しかしその竜……わざとお前に殺されに来た、だったか?」
剣士「そうなんだよー。どういうことなんだろうね。本当あからさまだったよ」
息子「……他の奴にはこの話、したのか?」
剣士「するわけねえじゃん。こんな話信じてもらえるかよ」
息子「私は信じると、一言も言っていないのだが」
剣士「お前はいいの。単なる吐き出し先だから」
息子「はっ、そうか」
息子「まあ、気にするだけ無駄だろう。その竜は死んだ。確かめる術は無い」
剣士「そうなんだよなあ。ちっとばかし残念」
息子「お前はもっと、気に掛けるべき事があるだろうに」
剣士「これからの無茶振りへの備え方?」
息子「心の準備とも言うな」
剣士「うはは……全くだ」
剣士「んでも中々出来る事じゃないと思うのよ」
息子「する機会がないだけでは」
剣士「いいじゃねえか。いっちょまあ観光するくらいの気分でさ、魔王城の監視ってありがたい任務に就こうぜ相棒」
息子「気楽な旅だな。暇潰しに書物でも持っていくか」
剣士「じゃあ酒買い込んで……ってのも捨てがたくね?」
息子「……良いかもしれん」
剣士「だろー?」
コンコン
剣士「へーい」
将軍「失礼し……ます」
息子「……」
剣士「うはは。何か用っすか?」
将軍「お二人を、姫様がお呼びです」
剣士「へーい」
剣士「死地へ飛ばされる日程が決まったとか?」
将軍「……そのようです」
剣士「うはー楽しみ。なあ相棒」
息子「全くだ」
将軍「……」
将軍「しかし……剣士殿に任されるのは、後任が決まるまでの数日間……その後は城に戻って頂き、連合軍の中心として」
剣士「わーってるって。ま、ちょっとの間観光気分で行ってきますよ」
息子「案外早々と現地にて、魔物に悔い殺されたりしてな」
剣士「お前なあ……せめて真顔はやめろや」
将軍「……貴方は、どうして……」
将軍「私は……剣士殿のお連れ様だからといって、貴方を認めているわけではない」
息子「そうだろな。構いはしないが」
将軍「そのようなことで、剣士殿の右腕などという大役が、務まるものか」
息子「何を勘違いしているかは知らぬが、こいつが私の手下をしているんだ。全て貴殿に口出しされる筋合いはない」
剣士「待て待て。よくわかんねー喧嘩はよそでやってくれ」
剣士「ほんと、この間からあからさまに仲悪いよなー二人とも」
将軍「男には……譲れない物があるのですよ」
剣士「そんなもんなのかねー。分かんねえや」
息子「お前は分からずとも構わぬだろう」
剣士「まあ、そうかもしんねえわなあ。お前も何、譲れない何かがあるの?」
息子「さあな」
将軍「……姫様が、お呼びです」
剣士「あ、そうだったな。んじゃまあ行きますか」
息子「ああ。せいぜい、気楽にいこう」
剣士「わーってるって」
将軍「……」
姫の部屋
姫「剣士様……と、お連れ様」
剣士「よう」
息子「なんだ、その顔は」
姫「私、てっきり貴方は知らん顔して逃げてしまうものだとばかり思っていましたから……」
息子「こうして顔を付き合わせているのが不思議だと?」
姫「ええ」
姫「案外……熱い方だったのですねえ」
息子「さあな。で、話というのは何だ」
姫「……貴方達に、魔王城の監視をしばらくの間命じます」
剣士「はいはい。そりゃ分かって」
姫「明日から」
剣士「そりゃまた急だな!」
息子「ほう」
息子「他国から急かされでもしたか?」
姫「そりゃもう、随分と。書状も使者も多く送られていますのよ?」
剣士「へー、そりゃまた。どこもかしこも大変だねえ」
姫「それに我が国の民も、剣士様には期待を寄せているようですし」
剣士「おお……なんつーかむず痒いな」
姫「まあ、ポーズというやつですわ。それほど気負わずにいて下さいまし」
姫「でも……剣士様が竜を討ったのと同様、魔王をこのまま討ち滅ぼしてくれるのだと。そうした期待の声が大きいようですけど」
剣士「話がいきなり大きくなってんだけど……」
姫「あら、私は何もしていませんわよ。勝手に流れ、広まった噂のようなものですわね」
剣士「迷惑なー」
息子「……良かったではないか」
剣士「何がだそこで笑い転げているバカ野郎め」
息子「それだけ貴様には期待がかかっているということだ。人民を落胆させぬためにも、しばらくはそれらしく、気張って生きろ」
剣士「えー……そりゃまた複雑な。具体的にはどうしろってんだ」
息子「少なくとも、そのような粗野な口はどうにかせねばなるまいて」
剣士「無理。だったらお前が代わりに喋れ」
姫「それは良い考えかもしれませんわねえ」
姫「お連れ様には、剣士様のイメージアップでもお任せしようかしら」
息子「また、難儀な仕事を押しつけられるとはな」
剣士「ってか何だよ! これじゃあダメだってのか!!」
息子「お前のどこに誉められる要素があるというのだ」
姫「悪くはないとは思いますけれども……剣士様の場合、喋らない方がもっと良いですわねえ」
剣士「くそ! こいつらやっぱり性格わりぃ……!!」
剣士「まあ……とりあえず用意するわ。行くぜ相棒」
息子「ああ」
姫「でしたら、剣士様は少し残っていただけますか?」
剣士「お?」
姫「少しお話がありますから」
息子「……では、私は先に行く」
剣士「お、おう。分かった」