魔王「どうか、***」 26/27

剣士「なあなあ」

魔物「……散歩たぁ言ったが、何でてめえはこの状況でそんな軽く話しかけて来れるんだ?」

剣士「いや、大して意味はねえよ。お前の名前を聞いておこうと思ってさ」

魔物「はあ?」

剣士「だって次会った時忘れてたら可哀想だからな!」

魔物「安心しろ! 二度とてめえとは会わねえ!! 会いたくねえ!!」

剣士「じゃあ次会った時に教えてくれるか?」

魔物「話を聞けよ!!」

剣士「決定ー。んじゃまあよろしくな! えーっと、なんかとりあえず弱い魔物!」

魔物「ぐぁああああ……落ち付け俺!!」

剣士「あれ、どうした。大丈夫か?」

魔物「余計なお世話だ! ってかお前……本当に、次があるなんて思っていやがるのか?」

剣士「ああ。勿論だ」

剣士「だってまだ死ねねえもの。とっととあいつ回収して、さっさとおさらばするさ」

魔物「大した……自信だな。だが城には魔王様だっているんだぜ? 逃げられるわけがねえだろ」

剣士「うはは。最悪相棒だけでも逃がすさ」

魔物「で、てめえ自身死ぬ気か? どうしてそこまで出来る?」

剣士「さあねえ。何ででしょう」

魔物「ちっ……面倒な奴」

剣士「うはは。相棒にも言われるぜ」

魔物「……」

魔物「なんつーか……ちょっと分かる気がするわあ」

剣士「ああ? 何がだよ」

魔物「こっちの話だ。それより着いたぞ」

剣士「いやまあ見りゃわかるけど。何、正門から入っていいの?」

魔物「ああ。んで、真っ直ぐ行って、階段昇ってずっと奥の部屋だ」

剣士「んな適当な」

魔物「俺の役目はここで終わりなんでね。さっさと行けよ」

剣士「わーったよ。案内ありがとなー。じゃあなー」

魔物「……はあ?」

魔物「やーっぱ変な奴だったなあ……」

魔物「いやまあ……だからこそ、この計画なんだろうが。納得は出来た」

魔物「でも……こんな展開じゃあ、あいつが報われなさすぎんだろ」

魔物「仕方ないってのは分かるけどよ」

魔物「さあて……俺はお呼びがあるまで、ぼんやり休憩してますか」

魔王城─

剣士「うっへー……辛気臭ぇ……カビ臭ぇ……薄暗い……」

剣士「何でこんなとこ住んでられるのかねえ。魔物ってのは。健康に悪いだろうが」

剣士「いや……でもコウモリとか虫とかはこんな環境好きだよな? なるほど。ああいう生態か。納得」

剣士「……ってか全っ然、何の気配もしねえのな……今は何も住んでねえのか?」

剣士「ああうん……魔王がいるのね……そりゃさすがにシャレになんねえわ」

剣士「全く。いきなり大本命とは運がないねえ」

剣士「いやでもこっから手に汗握る逃亡劇があって、後々の意趣返しに伏線を……だよな」

剣士「うん……死ねるかよ」

剣士「まだ……まだ死ねるか。死ぬわけにゃいかねえんだ。死なせるもんか。絶対に」

剣士「あいつがいなきゃ……意味ねえんだよ」

剣士「さてと……ここかね? 絶対罠だけど……行くしかねえもんなあ……」

ギィッ……

剣士「…………!?」

剣士「大丈夫か! お前!!」

剣士「き、傷はねえようだが……おいこら目を覚ませって!!」

剣士「おいってば! 相棒!!」

剣士「頼む……頼むから……目を……!!」

息子「……む」

剣士「あ、あ」

息子「何だ……騒がしい」

剣士「よ……良かったあああ……し、死んじまったかと、思って……」

息子「……」

剣士「そ、それより早くここを逃げねえと」

息子「逃げる?」

剣士「魔王城の中なんだよ! 魔王が出てくる前に逃げねえとマズイだろうが!!」

息子「……そうだ、な」

剣士「立てるか? 肩貸してやるから早く」

息子「だが、な」

剣士「え」

ドスッ…!

剣士「が……ぇ?」

息子「お前を返す訳には、いかないんだ」

剣士「げほっが……は……てめ、な、なにを……!?」

息子「剣を捨てろ」

剣士「な、な」

息子「聞こえなかったのか。捨てろ」

剣士「……どういうことだ」

息子「先程は素手ではあったが……腹や首に、刃物はくらいたくないだろう?」

剣士「……これでいいのか?」

息子「ああ」

剣士「洗脳……ってわけでもなさそうだが……どういうことだ?」

息子「私はな、魔物だ」

剣士「は……はは……キツイ冗談だことで」

息子「冗談だと思うか? 剣を突き付けられているこの状況を前にしてもなお、そう思えるのか?」

剣士「……」

剣士「……嘘だったのか?」

息子「……」

剣士「何もかも全部……一緒に旅をしたり、飯食ったり、バカやったりしたのも全部……嘘だったのか?」

息子「……」

剣士「どうなんだよ……」

息子「……ああ。そうだ」

剣士「…………そうか」

剣士「なら……いいよ」

息子「……」

剣士「殺してくれも、いいよ」

息子「……」

剣士「お前になら……殺されたって構わない」

息子「……やめろ」

剣士「うん。そうだよな……こんな鬼が……幸せなんて求めちゃいけないなんてこと、分かってたんだよ?」

剣士「でもさ……欲しくなったんだ……その結果がこれなら……諦めがつく」

息子「……やめろ」

剣士「でもさ、これだけ言っておきたいんだ」

息子「やめろ……!」

剣士「本当はさ……ずっと……!?」

魔王「何だ、それが言っていた人間か?」

息子「……はい」

魔王「ふむ……成る程。面白そうな人間だな。気に入ったわ」

息子「……はい」

剣士「てめぇは……」

魔王「魔王と呼ばれる者だ。お見知り置きを? 英雄殿」

剣士「……ちっ」

魔王「しかし、お前も中々の者を見出したものだな」

息子「……ありがとう、ございます」

魔王「ふむ、腐っても私の血筋と言うわけか」

息子「……」

剣士「……おいおい、まさかお前」

息子「私は……この方の直系。後の世に、魔王となるべき者だ」

剣士「うはは……こりゃまたえらい展開で」

魔王「して、英雄殿。残念ながら貴様を殺すのは、愚息ではない」

剣士「……あんた直々に……ってか。どうしてまた」

息子「……」

剣士「単に一国の戦争を担っただけの雑魚を……何でわざわざ殺す必要がある」

魔王「お前はな、私の暇を潰すために、人の希望が潰えるために……英雄に仕立て上げられたのだよ」

剣士「…………理解した」

剣士「何だよお前……そういうことかよ」

息子「……」

剣士「まあいいんだ。どんな形であれ、お前の事が分かって嬉しいよ」

息子「……」

剣士「ありがとう」

息子「……」

剣士「楽しかった。幸せだったよ。本当に、ありがとう」

息子「……お前」

魔王「遺言はそれだけか? 奇特な人間だな」

剣士「はっ……こちとら短い人生だったんだ。そうそう大層な遺言なんて残せるかよ」

魔王「そうかそうか。難儀な事よ。しかし、だ」

剣士「ぐ……は、離せ……!」

魔王「貴様はまだ殺さぬ。まだ」

魔王「これから……そうだな、でかい国の一つ二つ相手取って、戦争でもしてみよう」

剣士「な」

魔王「そこで、貴様を嬲りものにする。どうだろう? 人間共の絶望が目に見えるようだ。愉快愉快」

剣士「……悪趣味だねえ」

息子「……」

魔王「ああ、安心しろ。遊べるよう、利き腕は残してやる。最期までな」

剣士「あんたは……どうしてそういうことをする」

魔王「何がだ?」

剣士「こんな死に損ない殺した所で、何がある」

魔王「何も無いだろうな」

剣士「じゃあ……どうして」

魔王「理由など無い」

魔王「私は魔王で、全てを蹂躙するためにここに在る」

剣士「どういう……」

魔王「ただそれだけだ。私は私のために用意された者たちを戯れに動かし、潰し、そうして日々を過ごす。そうした責務と自由が、私にはある」

剣士「この世界は……てめえの好きにばっかなるような、世界じゃねえぞ。絶対にな」

魔王「なるとも。今までも、これからも、永久にな!」

息子「……」

魔王「ふむ……しかし、だ」

剣士「ひ」

魔王「よくよく見れば貴様……別の事にも楽しめそうだな」

剣士「な、な……はな……ぐ……」

魔王「ふはは……案ずるな殺しはしない。ただ、楽しんでやるだけだ」

息子「!?」

剣士「ぐ……は、離せ……が……ぐ、ぅ……ぁ」

魔王「ふむ。首を絞められ、尚ももがくか。ますます気に入った」

息子「父上……」

魔王「お前が寄越した暇潰しは、中々重宝しそうだ! 褒めて遣わす!」

息子「父上」

魔王「お前も好きに使うが良い。この人間は真に、良き」

息子「それ以上……」

ドスッ…

息子「それ以上、そいつに触れることは許さぬ……」

魔王「な……!?」

剣士「……え?」

魔王「貴様……! 何を……!!」

ザンッ!!

息子「もう、頃合いです。私は貴方を、これ以上生かしておく我慢がならない」

息子「貴方はもう舞台に上がる必要は無い。早々にご退場下さい」

息子「何故? 理由はいくらでも。ただ、強いて今挙げるとすれば……」

息子「貴様はこいつに……私の女に手を出した!!」

ドサッ…………

息子「はあ……」

剣士「え……え……?」

息子「……平気か」

剣士「え……あ!?」

剣士「な、何なんだよ!!」

息子「何とは……見ればわかるだろう。父上を……魔王は私が殺した」

剣士「……!」

息子「この人は長らく前線に出ていなかった。鈍ったこの方なら、私でも隙を付けば楽に殺せるだろうと踏んでのことだったが……恐ろしいほどに上手くいったな」

剣士「ち、ちが」

息子「ああ。流石に魔王とはいえ、こうして首を刎ねられれば蘇りもしまい。安心し」

剣士「違う!!」

息子「……」

剣士「どうして……何なんだよ今のは!」

息子「……何故、と?」

剣士「今のは明らかに! 助ける気でこいつを刺しただろ!? どうしてだ!!」

息子「……はあ」

剣士「お前は魔物だろう!? 人間を助ける理由なんてどこにも……!!」

息子「貴様の耳は……本当に使い物にならないようだな」

剣士「な、何が」

息子「聞いていなかったのか。私の女だと」

剣士「……え?」

息子「はあ……もういい。仕方ない。言ってやる。よく聞け馬鹿者」

息子「惚れた女の命を救って、何が悪い」

剣士「…………はい?」

息子「『はい?』ではないわこの鈍感ヒモ女。身ぐるみ剥いで売り飛ばし、高値で買い戻して愛してやろうか」

剣士「……ええ?」

剣士「ちょっと待て」

息子「何だ」

剣士「惚れたって……誰に」

息子「お前以外にいるわけがないだろう」

剣士「……私?」

息子「ああ。いい加減認めろ」

剣士「う……ええええええ?」

息子「全く……何が親友だ何が。あの一言がどれだけ私の繊細な心を傷つけたか、貴様には想像出来んだろう」

剣士「いやだって分かるかよ……お前趣味じゃないとか散々言って、私のこと殴りまくってたくせに……」

息子「手加減はしていただろうが。大体、ツンデレがどうのと言っていただろう、お前」

剣士「デレてくれよ分かりやすいレベルで」

息子「デレたとも。この通り、愛するお前のために、実の親すら手に掛けるほどにはな」

剣士「……」

息子「ああ、気に病む必要はない。お前がいなくとも、どの道こうするつもりだった。ただ、より一層劇的になっただけだ」