魔王「どうか、***」 9/27

街娘「それでは……お気を付けて!」

剣士「色々ありがとうな!また会おうぜ!」

街娘「はい! お連れさん!」

息子「何だ」

街娘「頑張って下さいね!」

息子「…………はあ」

剣士「?」

剣士「おいおい、何だったんだよ今の応援」

息子「知るか」

剣士「変な奴だなー。いや、変じゃないとお前じゃないか」

息子「そうか良かったな。それより急ぐぞ。今日一日で出来るだけ距離を稼ぎたい」

剣士「え、ちょ、待てよ!馬の扱いまだ慣れてねえんだって!置いてくな畜生!」

息子(……)

息子(おかしな人間だったな……何だあの質問に加えて最後の言葉は)

息子(面倒な……こいつを相手にしているよりも面倒な……)

息子(……まあ、一先ずこの問題は忘れることにして)

息子(竜……か。あの辺りには、一体どのような種族が棲んでいるのやら)

息子(まあ、何であれ構わん。先日と同じように、芝居を打ってもらえばいいだけだ)

息子(こいつの名声のため。丁度いい『障害』ではないか)

息子「……」

剣士「……なーなー」

息子「……何だ」

剣士「沈黙が気まずいからそろそろ飯にしたいんだけど」

息子「まだ日もそれほど高くない。我慢しろ」

剣士「断固として拒否する!朝早かったら腹が減るのも早いのは道理だろ!」

息子「お前は育ち盛りの子供か」

剣士「若いんだから仕方ねえだろ。年寄にゃ無縁な悩みっだたああああ!?」

息子「ちっ……慣れぬ馬上でよくかわしたものだな」

剣士「あっぶねえなテメエ!殺す気か!!」

息子「当然だ!」

剣士「えっ……ああうん、そうか」

息子「若さに溢れる私を捕まえて、何が年寄りだ何が」

剣士「でも、そんだけキレるってことは自覚あるんじゃねーの。年寄り臭いって」

息子「どこがだ」

剣士「いや、なんか全体的に覇気が無いじゃんお前」

息子「喧しいぞ躁病」

剣士「まーまーそんな暗い顔すんなよ、その内良い事あるさ!第一お前さっき美人といい感じだったじゃねーか!よっ果報者!」

息子「……」

剣士「あれ?何か違ったか?」

剣士「お前あの姉ちゃんと何喋ってたんだよー、相棒を除け者にしてくれちゃってまあ」

息子「何を勘違いしているかは知らんが、彼女が気にしていたのは……そうだな、お前のことだな」

剣士「え?どういうこと?」

息子「お前が一人物かどうかを気にしていた。ということだ」

剣士「え!?」

剣士「えっ、ちょ、マジかよ畜生……何て勿体無い事を……」

息子「とはいえお前に気があるという訳でもなさそうだったがな」

剣士「じゃあ何なんだよ、ぬか喜びさせんじゃねーよ……何ならお前が誰か紹介しろよ畜生!」

息子「誰でも良いのかお前は。あまりに浮いた話に縁が無さ過ぎて、来るもの拒まずとはなあ」

剣士「そりゃもう愛をくれるならもう誰でもいいかな!」

息子「虚しい奴め」

剣士「若いから仕方ないんだ!」

息子「良かったな、他に誰もいなくて」

息子「はあ……お前の相手をしていると疲れる。少し休むか」

剣士「やったね飯だー!」

息子「分かった。分かったから騒ぐな。はあ……」

剣士(……やっぱりジジイじゃねえか)

息子「だが、貴様の飯は無しだ」

剣士「何で分かるんだよ!」

息子「悟られたくなければ、その無残な面をどうにかするがいい」

剣士「あー、青空の下で食う飯は格別だなー」

息子「そうだな」

剣士「そっけないなー。何だよお前、自然を愛する心が無いのか」

息子「野宿になるやもしれんと言うのに、呑気に自然など愛でていられるものか」

剣士「う……まあ確かにそうだけどよー……ご馳走さま」

息子「……どこに行く」

剣士「さっきデカイ湖があっただろー?水浴びでもして来ようかと思って」

息子「……本当に野生に帰る気かお前は」

剣士「折角なんだしいいじゃねえか。あ、お前も一緒にどう?」

息子「……はっ」

剣士「うわあ心底ウゼえって顔が心底傷付くわあ……いいぜ!お前がそのつもりなら!一人ですっきりさっぱりして来てやるもんな!」

息子「勝手にしろ。ただ、くれぐれも遅くなるな。今度こそ捨て置くぞ」

剣士「へいへーい。行ってきやーす」

息子「はあ……全く緊張感の無い奴め」

息子「殺す気が失せる、という程でもないが」

息子「どうも調子が狂う。面倒な……はあ……」

息子「おい」

息子「……どうした。そこにいるんだろう。私に気付かれぬとでも思ったか」

息子「出て来ないのか……?ならばこちらから」

ガサガサッ

息子「……む」

息子「うむ……」

息子「竜か……」

息子「これはまあ……何と言うか、予想外と言うか……」

息子「お前が人間共を襲っていたのか?」

息子「いやしかしそれにしても……」

剣士「何やってんだお前」

息子「!?」

息子「何故戻って来た!?」

剣士「いやー、体拭くものとか忘れてさあ。ってかお前さ」

息子「な、何だ」

剣士「何か後ろにあるのか? 必死に隠してるみたいだけど、顔に出てるからな」

息子「何もいるわけがな……ってこら貴様!やめろ!」

剣士「う……」

息子「だからやめ」

剣士「何こいつううう!!」

息子「くっ」

剣士「うっわーすっげ!竜なんて初めて見た!」

息子「こらやめろ!怯えているだろう!放せ!」

剣士「えー……いいじゃんちょっとくらい……。ってかあくまでそっちの心配なんだな。相棒じゃなくて」

息子「お前とその竜、どちらが守るべき存在だ?」

剣士「まーうん、否定は出来ねえわ。いでで、必死に人の腕噛んじゃって!でも許す!何故ならちびっこトカゲが可愛いから!」

息子「お、おい……流石にその辺でやめておけ。そろそろ止血すべきだ……」

剣士「うはは!堅い事言うなよ!」

息子「いいから早くそいつを放して腕を出せ……」

剣士「しっかしお前、こんな可愛いのどうしたんだよ」

息子「急に飛び出して来ただけだ」

剣士「こいつが人を襲ってるって竜かねえ?」

息子「無理があるだろう。噂の竜は、恐らくこいつの仲間だろう」

剣士「ってことは……こいつ、はぐれちまったのかな?」

息子「そのようだな」

息子(さて……どうしたものか)

息子(こいつに隠れ、夜の間に竜と話を付けておきたかったのだが)

息子(先に出会うとは……しかも話も出来ぬような子供に)

息子(まあ、予期せぬ戦いは避けられたようで何よりだが……)

息子(子供とは言え魔物に対し、こうまで無防備なのは実力への過信か単なる馬鹿か。確かに頭は悪いが)

息子(とりあえず、何か理由をつけてこいつを引き離すか。子供の情操教育には、確実に悪いだろうし)

剣士「よーし。んじゃまあ行くか!」

息子「ほう、もう発つのか?丁度良かった。私もそれを提案しようとして」

剣士「いや、こいつの仲間探してやるかなーと思って」

息子「……は?」

剣士「迷子を放っておけるかよ!なっ!一緒に探してやろうぜ!」

息子「……これは、魔物だぞ?単なる野生動物とは、一線を」

剣士「細かい事はこの際いいじゃねえか。どうせ暇なんだし」

息子「お、お前は……いや……」

息子「……一体何を考えている。お前は先日魔物と殺し合いをしたばかりだろう。だと言うのに、魔物に手を貸すような真似など、やめておけ」

剣士「えー?あんなのただの弱い物イジメじゃん。気にしない気にしない」

息子「……人に、害を及ぼす魔物だぞ?」

剣士「おーっと、それ言われると困るんだけどな。この前の山の魔物と違って、今回は襲ってるのがこいつの仲間って決まったわけじゃないしな」

息子「怖気づいたのか貴様。あの魔物を弱者呼ばわりするお前にとって、竜を倒すことなど簡単なものだろう。疑わしきはとっとと潰せ」

剣士「いやまあそれが一番安全だろうけど……こんなちび殺すのも、ちびの仲間殺すのも目覚めが悪いじゃん?」

息子「……情など捨てろ。お前がここで竜を倒せば、数多くの人間が命を落とさずに済むかもしれんのだぞ」

剣士「いやまあそうだよ。そうだけどさ。話合ってどっか人里離れた所に行ってもらうとかあるだろ?」

息子「あるわけがないだろう」

剣士「や、やってみなけりゃ分からねえって」

剣士「何か急に機嫌悪くなったなあ。どうしたんだお前」

息子「同行者が予想以上の馬鹿で言葉も無い」

剣士「お前喋ってるじゃーん」

息子「黙れ」

剣士「ま、お前が嫌だって言うなら一人で探して来るよ。竜に襲われたって穏便に逃げ延びる自信はあるしな」

息子「…………だろうな」

剣士「そういうことだから!今更止めたって無駄だぜ!」

息子「だろうな」

剣士「では早速こいつを連れてちょっくらうろうろ山狩り」

息子「待て待て早まるな野良剣士」

剣士「何だよ陰険若年寄り!」

息子「よし、後で殴る。一所に置いておかねば、そいつの仲間が困るだろう」

剣士「あ、そっか……じゃあどうしよ」

息子「……ここに置いて行け。お前は山を駆け回り竜を探し、囮となってここまで連れてくればいいだろう」

剣士「なるほど!お前たまにはいいこと言うな!……ってか了承したってこと?」

息子「まあ、放置するよりはマシかと思ってな」

剣士「流石は相棒!んじゃまあこいつよろしく!苛めるんじゃねえぞ!」

息子「少なくとも、お前よりは扱いを心得て……もう消えたか。何だあの生き物は」

息子「しかし『囮』には何の異論もなしか……人が良い馬鹿も大概にしろと……」

息子「……ああ、分かっている。分かっているから、服を引っ張るな」

息子「人の言葉はまだ操れぬようだが……私はお前の言葉くらい分かっている」

息子「私が誰だか分かるか?うむ、『仲間』ではあるのだが……」

息子「…………ああ」

息子「あの人間か……変わり種だろう」

息子「悪意は無いんだ。許してやってくれないか。その方が面倒が無い」

息子「……は?」

息子「断じて、無い。何を言い出すかと思えば……下らん事を……」

息子「まあいい……仲間の所に連れて行ってやる。話もしたいのでな」

息子「……この辺りか?そうか」

息子「何だ、少し遠出しただけだったのか。私達が騒ぐまでも無かったということだな」

息子「……いや、私達ではなく、『あの馬鹿』が……だな」

息子「分かった分かった。この洞窟だな。入ろうか」

息子「あれに気取られる前に、用件を済まさねばならぬことだし……」

洞窟─

竜「……何者だ」

息子「ほう。隻眼とは、中々迫力のある竜だな」

竜「!?」

息子「ああ、お前は分かるのか。私が何者か」

竜「何故……お世継ぎ殿がこのような場所に……」

息子「いや何、たまたま通りかかっただけだ。そう畏まらずとも良い」

竜「……どうか」

息子「む?」

竜「どうか……子供の命だけは……お願いします」

息子「……何を勘違いしているか、容易に理解できて嫌になるな」

竜「魔王様が何をお考えかは存じ上げておりませんが、どうか……どうか」

息子「安心しろ。単にそこで出会い、連れて来てやっただけのことだ。ほら、行け。ちび」

竜「…………ああ」

息子「私は父上からの命令も受けてはおらぬし、お前達に危害を加えるつもりもない」

竜「で、では本当に何も……」

息子「当然だ。第一、同胞を虐げて何が楽しいか」

竜「……お父上は、異なるようですが」

息子「あの方と私は違う。考えてもみろ、あのような方がもう一人いて、世界がこうして続いているはずもなかろう」

竜「……確かに、そうですね」

息子「だろう?」

息子「それより、この辺りで人間が竜に襲われているという話を聞いたのだが。お前たちか?」

竜「この辺りには、私達の他に竜など暮らしておりませぬ」

息子「そうだろうな。気配が無い」

竜「それが、何か?」

息子「今、少し面倒な計画を練っていてな。少々協力してもらいたいことがある」

竜「私などでよろしければ、何なりと」

息子「ふむ」