剣士「ふう……」
剣士「どうもこの、上司面ってのには一向に慣れねえもんだなあ」
剣士「昔と状況が変わらねえってのが余計にね」
剣士「はーあ……疲れるような、そうでもないような」
剣士「あれだね、昔とちーっとばかし状況が違うからかな」
剣士「うんうん。良い事かも知れないねえ」
息子「何をぶつくさ言っている……」
剣士「よーっす相棒」
息子「お前はこんな場所でも、相変わらずのようだな」
剣士「そりゃまあ、こんな所だからこそ気楽にいかねえとな」
息子「ほら。酒でも飲もう」
剣士「何だ、珍しく気が利くじゃねえか」
剣士「しっかし、すげーねえ」
息子「城か」
剣士「ああ。こんだけ離れてるのに、すっげー嫌な感じがびんびん伝わって来るというか、辛気臭ぇというか」
息子「それはそうだろう。魔王や、その手下の魔物が大勢棲んでいるんだぞ」
剣士「住んでる奴の顔が見てみたいね!」
息子「……悪かったな」
剣士「あ? 何か言ったか?」
息子「何も」
剣士「はー、温まるねえ」
息子「年寄り臭いな」
剣士「てめぇにゃ言われたくねえよ。しかし、案外平和なもんだね」
息子「まあな」
剣士「もっとこー、毎日魔物がやって来て斬っても斬ってもキリがない感じを想像してたんだけどさ」
息子「ここに来てもう三日。一度もそんな試しは無いな」
剣士「うーん、気付かれてないとか?」
息子「さあな。無視されているだけかも知れぬぞ」
剣士「そっちの方が都合はいいだろー。無駄な争いはなるべく避けなくっちゃな」
息子「ふむ。案外お前も慎重な時があるのだな」
剣士「じゃないと生き残れませんぜー、こんな所じゃ」
息子「まあ、そうかも知れぬが」
剣士「それにさー……この前のあれでさ、あんまり魔物とかも斬りたくないのよね、出来る限り」
息子「……随分とふぬけたことを言うな」
剣士「まあ、自分でも仰る通りだと思いますが。出来るだけ血を流さないで……って段階なんて、元々無いってのも分かってるし」
息子「その通りだ。人の世の被害を聞いただろう。最早血は流れてしまった」
剣士「それでもさ……何かこんなの嫌じゃん」
息子「先程から発言が曖昧すぎるぞ、お前」
息子「好き好んで殺し合いなどに興じる者は、どんな生き物であれきっと少数派だ」
剣士「だったら何なんだよこの状況は」
息子「その少数派のせいか……もしくは生きるため、信念だな」
剣士「はあ。そういうもん……だよなあ」
息子「珍しく納得するとは」
剣士「いやまあ、信念とまではいかないけどさ、一応そんな感じの理由でここにいるわけですし」
息子「……うむ」
息子「一応聞いておくか。お前の信念とは?」
剣士「んー? まだ言わねえ」
息子「『まだ』とは随分とおかしなことを言うな。この段階で言えぬような信念とは一体何なのだ」
剣士「だから言わねえって。全部終わったら教えてやるよ」
息子「勿体ぶるような物なのか……?」
剣士「いいじゃねえか。今は一人で楽しんでる段階なの」
息子「はあ」
剣士「まずこういうのはな、言わぬが花なんだ。寡黙に全てを終わらせて、後でぱーっと発散させる。どうだ楽しそうだろ?」
息子「熱でもあるのか」
剣士「ねぇよ!」
息子「ふむ……真面目なだけのお前は何と言うか……」
剣士「うはは、カッコいい?」
息子「気色悪いので、早急に死んでもらいたいな」
剣士「もうやだこいつ」
剣士「そう言うお前は何でここにいるんだよ」
息子「お前に付き合うと決めたからだ」
剣士「だから、そりゃどうしてだ」
息子「以前言ったな。お前自信で考えろと」
剣士「う……確かにお前言ったけどさあ」
息子「答えはどうだ、見つかったか?」
剣士「……」
剣士「こ、これも終わってからでいいや」
息子「面倒な奴め」
剣士「お前にだけは絶対に言われたくねえわ」
息子「ひょっとするとお互い様か」
剣士「うはは、かも知れねえわなあ」
剣士「でもさ、お前とは妙にウマが合って……結構楽しかったぜ」
息子「やめろ」
剣士「え」
息子「その口ぶりでは、まるで死ぬみたいではないか。やめておけ」
剣士「え、あ……ああ。じゃあ……すっげー楽しいよ」
息子「そうか」
剣士「お前は……って、これは別にいいか。分かるし!」
息子「ふん。言っておけ」
剣士「まあ、後ちょっとで戻るもんなあ。まだまだ始まったばかりなんだし、気を引き締めていかねえと」
息子「……そうだな」
剣士「帰ったらどこでまず飯食うか、今のうちに決めとこうぜ」
息子「無意味だと思うぞ」
剣士「何でだよ」
息子「あれだけの歓送を受けた後に帰還して、落ち着いて街で飯が食えると思うか?」
剣士「ぐっ……!」
剣士「い、いやでも……変装すりゃ何とか!」
息子「そこまで手間を掛けて飯が食いたいか」
剣士「ちぇー……まあいいや。お前とこうして酒が飲めりゃ妥協点だわ」
息子「……飲め」
剣士「お、ありがとう」
息子「……」
息子「では……少し辺りの様子を見てくる」
剣士「あれ、まだそんな時間じゃねえだろ。もっと飲もうぜ」
息子「いや、早い方が良い」
剣士「そうかあ?まあ何もないと思うし、ぱっと見てぱっと帰って来いよな」
息子「……行くからな」
剣士「あ?行ってらっしゃーい」
息子「……」
息子「……」
息子「……」
息子「……すまない」
魔王城―
魔物「よう。お帰り」
息子「帰ってはいたのだがな」
魔物「目と鼻の先にな。言われた通り、城はもぬけの殻にしてあるぜ」
息子「あれに関する人民の期待を、過剰に煽ってくれもしたな。感謝する」
魔物「いやー時勢がこれだし案外簡単なもんだったぜ? そんなに苦労はしちゃいねえよ」
息子「しかし魔物達にはすまない事をした」
魔物「なぁに、皆魔王様の側から離れられて、ちょっとは気持ちが晴れるだろうよ」
息子「皆父上を何だと思っているのやら」
魔王「『魔王様』だろ」
息子「確かに」
息子「つまり、この城にいるのは」
魔物「魔王様と俺とお前だけ。竜の子供は気の良い奴が一緒に連れてってくれたみたいだから心配すんな」
息子「そうか……」
魔物「なあ……一応確認しとくんだが」
息子「何だ」
魔物「本当にやるのか?」
息子「ああ」
魔物「あっちにゃバレてねえだろうな?」
息子「勿論だとも。何も案ずることはない」
魔物「いざって時に躊躇は?」
息子「せぬ。もう決めたことだ」
魔物「じゃあ最後。お前は本当に、それでいいのか?」
息子「……ああ」
息子「決めたんだ。こうするのが、一番良い……」
魔物「分かった」
息子「だからお前は……どうした、急に跪いて」
魔物「私は貴方に、一生の忠誠を誓います」
息子「……」
魔物「この命ある限り、貴方の世に尽力します」
息子「……すまない」
魔物「えらい片棒を担ぐんだ。もうお前と生きるも死ぬも一緒だわ」
息子「ああ……」
息子「それでは……手筈通りに頼む」
魔物「分かった分かった」
息子「手荒な真似はするなよ」
魔物「了解……と言いたいとこだが、あれが素直に従うタマかなあ」
息子「私はそうだと信じている」
魔物「じゃあ俺もそうするわ」
息子「よろしく頼む」
魔物「頼まれた」
息子「……巻き込まれてくれて、礼を言う」
魔物「巻き込んでくれてありがとよ」
息子「行って……くれ」
魔物「おう」
剣士「ったく……あのバカ」
剣士「遅すぎんだろ、どこまで見回ってんだマジで」
剣士「こりゃどっかで足でも挫いて動けなくなってやがるとかか……?あいつ治癒系の魔法は使えないって言ってたし」
剣士「世話の焼ける奴だよほんと」
剣士「兵達だって心配してんだ。早く連れて帰らねえと……飯にありつけねえ」
剣士「……」
剣士「おーい! どこだ!? どこにいる!?」
剣士「下らねえかくれんぼなんてやめろ! 早く出て来いよ!」
剣士「聞こえたら返事しろってんだ! バカ野郎!!」
剣士「おいおいこりゃ……まさか」
剣士「いやいや! あいつに限ってそんなこたねえよ! ありえねえ!」
剣士「……ったく……冗談キツいぜ」
剣士「なあ、そこのお前もそうは思わん?」
魔物「……何だ、やっぱりバレてたか。相変わらず野生だねえ」
剣士「へ? 『相変わらず』?」
魔物「……は?」
剣士「もしかして……」
剣士「前に会ったことある?」
魔物「そこからかよ!」
剣士「いや待て思い出すから。えーっとえーっと……ありゃ?」
魔物「心当たりすらねえのかよ!?」
剣士「い、いや……その、ヒント!」
魔物「まどろっこしいわ! この前山でお前に負けて逃げた魔物だよ!!」
剣士「……ああ! そういやそんなこともあった! 気がするぞ!」
魔物「実感が薄いようだなあ……! 本当は全然覚えてねえだろてめえ!」
剣士「いや……戦ったのはうっすら覚えちゃいるんだけど……顔とか覚えられるほど長くやり合ってないし」
魔物「ぐっ……人間風情が虚仮にしやがって……!」
剣士「その台詞はますます雑魚っぽいぞ。でもまあ悪いことしたなあ。ごめん」
魔物「頭を下げるんじゃねえよ! ぐああ腹立つこいつぶっ殺してぇ……!!」
剣士「やるってんなら相手になってやりたいけど……生憎ちょっと野暮用が」
魔物「あの、渋い顔した男のことか?」
剣士「……」
剣士「あいつを……どうしやがった」
魔物「ここは俺達の土地だぜ。勝手に入って来た人間なんざ」
剣士「殺したのか!?」
魔物「いんや。捕まえた。一応生きてるさ」
剣士「……どこにいる」
魔物「城で丁重におもてなし中」
剣士「ちっ……あのバカ」
魔物「つーわけだ。ご同行願いましょうか。剣士様?」
剣士「あれか、仲間の命が惜しければ一人で来いってやつだな」
魔物「そういうこと。理解が早くて助かるわ」
剣士「ここでお前をたたっ斬ったら、どうなる?」
魔物「連れとは二度と会えなくなるんじゃね?」
剣士「ああ、うん。分かりやすいわあ」
剣士「はいはい、分かりましたよ。行きゃいいんだろ行きゃ」
魔物「へえ。あんた血の気が多い割に案外素直なんだなあ。ひと暴れされるかもと思っていたんだが」
剣士「ここで暴れたって意味ねえだろうが。ほれ、早く案内してくれや」
魔物「おう。城までのんびり散歩と行こうじゃねえか」
剣士「わあいワクワクするー」