魔王城─
魔王「話はそれで終わりか?」
息子「……」
魔王「私に意見するつもりならば、もう少し出来た物を持って来るがいい」
息子「……そう、ですか。休むおつもりは、ないと」
魔王「くどい。今進撃を止めて、利になる点は一つもない」
息子「分かりました……失礼します」
魔王「ああ」
息子「はあ……」
息子(父上は相変わらず、か)
息子(このようなことを続けていて、何になると言うのだろうか)
息子(悪戯に人間共の領土を侵略し、無益な戦いを引き起こす)
息子(人間がいくら減ろうと私は構わない。だが、それが魔物となれば話は違う)
息子(最早魔物の誰一人として、戦いを望んではいない。皆、疲れ果ててしまったと言うのに……)
息子(城の魔物が皆、晴れぬ顔ばかりとなったのは、いつからだろう)
息子(戦いに赴く度、顔ぶれが減り……またどこからか連れて来られる。その繰り返しだ)
息子(人間は弱い。だが団結し、技術を磨き……侮れない敵だと言うのに、父上は理解しようとしない)
息子(いや……魔物にすら、興味がないのであろうな)
息子(全て生き物は、父上のために生きて死ぬ……父上の、逸遊のために)
息子(それが不自然だと思うのは、私だけなのだろうか)
息子「私は……」
息子「私はただ、平和な日々が欲しいだけだ」
息子「緩やかに変化するだけの、静かな日々が……」
息子「同士が倒れる戦いを活劇として眺めて、何が楽しいのだか……」
息子「はあ……私には分からぬ」
息子「……こうしてぼやくだけでは、意味が無い、か」
とある世界の昔の話。
それほど遠くない未来に魔王となる彼には、昔から秘めた願いが二つありました。
一つは、同士である魔物達が安穏であること。
一つは、何にも囚われず平和に暮らすこと。
そして……ある時を境に、もう一つの願いを抱えるようになります。
とある町─
「はあ……」
「この山を越えねえと、次の町には行けないとか……聞いてねえよ」
「やったら強い魔物が住み着いてるってのもな……」
「あーもう!誰か強い奴いねえかなー!タダで一緒に行ってくれねえかなー!」
彼はその願いを誰に語ることもなく、ずっと胸に留め続けました。
叶うかどうかも分からない、彼に出来ることなど何もない、儚い願いでした。
それでも彼は願い続けました。報われないと知りながら、彼は今もなお願い続けています。
これは彼の願いの始まりの、誰も知らない区切りの話の、その全て。
【魔王「どうか、***」】
とある町─
息子「はあ……」
息子(やはり息抜きは人間の町に限るな)
息子(魔物がいると気を遣わせてしまうし、人の姿に化ければ問題は無い)
息子(適当に城から離れた町を選んだが、正解だったな。まだ活気のある方だ)
息子(酷い場所だと、酒場すら無いからな……)
息子(全く……何をするにもやりにくい)
息子(腹を割って話せる者も、共に酒を飲み交わす相手もいない)
息子(孤独……と言うより、暇で仕方がない、と言うか……)
息子「はあ……それもこれも父上が……む?」
剣士「だーかーらー!謝ってんだろさっきから!!」
ならず者1「それが謝る態度かって言ってるんだ」
ならず者2「誠意がねえよなあ、誠意が」
剣士「はっ、金ならねえぞ!やる気か?!こう見えても剣には自信あるんだ!!」
ならず者「『剣の腕』、だあ?」
ならず者2「…………っぷ」
ならず者3「あはははっはっはは!寝言は寝て言えってんだ!!」
剣士「く、く、くそ!笑うなてめえら!ぶっ殺してやる!!」
息子「騒がしいと思えば……単なる揉め事か」
息子(しかし威勢のいい奴だな。数人の男に囲まれてなお、啖呵を切れるか)
息子(本当に自信があるのか、単なる馬鹿か)
息子「……」
息子「よし」
剣士「見てろ!せーぜー吠え面かきやが……あ?」
ならず者1「何だお前?」
息子「まあ、単なる助太刀といった者だ」
ならず者2「助太刀だあ?」
剣士「なっ?!馬鹿ヤロウ!丸腰で何言ってんだ!関係ない奴は下がってろ!!」
息子「ふむ」
パチン
息子「これで良いか?」
剣士「ま……魔法かよ」
息子(よし、死んではいないようだ。後が面倒だからな。さて)
剣士「……お、おいあんた」
息子「おいお前、時間は」
剣士「話がある!」
息子「……む」
酒場─
息子「お前から誘った割に、奢りではないのか」
剣士「うるせー。本当にすっからかんなんだよ」
息子「ところで、先程の悶着は何が原因だ?まあ……粗方想像はつくがな」
剣士「そうそう。最初はそんな感じ。ああもう面倒だったー」
息子「向こうもまさか、あのような喧嘩の売買に発展するとは思っていなかったろうに」
剣士「うるせえ」
剣士「まあとりあえず。あんたが出て来なくたって一人で片付けられたけど、一応礼は言うぜ。ありがとよ」
息子「うむ。ではその礼のついでだ。奢らせろ」
剣士「何で?!」
息子「隣で貧乏臭く飲む奴がいては、安酒が一層まずくなる」
剣士「おま……声抑えろ。店員睨んでるぞ」
剣士「それじゃあまあ遠慮なく……食い物も頼んでいい?」
息子「好きにしろ」
剣士「やった!久々に腹いっぱい食えるぞー!」
息子「……」
息子(うむ)
息子(これで酒の相手はひとまず確保、と)
息子(しかし騒がしい奴だな……変わっている、と言うか)
息子(本当にこんな奴が強いのか?)
息子(……ますますそうは見えんな。どう見ても普通の)
剣士「おいこら、人のことじろじろ見てんじゃねえよ」
息子「ああ、すまん。剣が使える、というのは本当か?」
剣士「おう。こう見えても、この身一つ剣一つで旅をしてるんだ」
息子「ほう。どこに行くつもりだ?」
剣士「ん、ああ。別にこれと言って目的地ってのは無いんだ」
息子「ほう……?」
剣士「それで、あんたに話ってのはだな……あ、これウマい」
息子「私はあまり腹が減っていないから、全て食っても構わんぞ」
剣士「!!」
息子「勿論支払いは私だ」
剣士「ちょっとそこのおねーちゃん!これもう一皿追加!」
息子「……恥ずかしい奴め」
息子「もう少し落ち着きを持ってはどうだ」
剣士「さっきから一々うるせえな。初対面だぞ」
息子「その台詞、そっくりそのまま返してやる。それで、話とは?」
剣士「その前にあんた、一人?」
息子「でなくば、お前なんぞ構うわけがなかろう」
剣士「引っかかる言い方だけど……良しとするか」
剣士「あんたに頼みがある!一緒に旅をしてくれないか?!」
息子「……は?」
剣士「見たところ、あんたこの町の人間じゃないだろ?旅人なんだろ?」
息子「まあ……そのようなもの、だが」
剣士「旅の魔法使いと、旅の剣士!ちょうどおあつらえ向きのパーティーじゃないか!」
息子「待て待て、初対面だぞ」
剣士「こういうのは直感が大事なんだよ!あんたとなら上手くやっていけそうだし!」
息子「本当に、待ってくれ」
剣士「何だよ。あんたは山を越える気が無いのか?」
息子「山?」
剣士「ああ。あの山を越えないと、次の町には行けないんだが……やったら強い魔物がいるって話でさ」
息子「ほう……」
剣士「一人で行くのはちょっと心許ないし。どこかに強くて羽振りのいい旅人はいないかなーって探しててさ!そこにあんたが現れたってわけよ!」
息子「お前、同行者と言うよりも、単にカモを探していただけだろう」
剣士「細かいことは気にすんなよ!そんなんじゃ女にモテねえぞ!!」
息子「お前にだけは言われたくない」
剣士「な!これで決まりだよな?!」
息子「私が肯定すること前提の台詞を吐くな」
剣士「何でだよ。旅は道連れって言うだろ?」
息子「相手を選ぶ権利もある」
剣士「……あんた、いつまでこの町にいるつもりだ?」
息子「何だいきなり」
剣士「付きまとって、誠心誠意説得するつもりだから」
息子「……説得の前に、まずは会話をしろ。会話を」
息子(しかし人間と旅をする、か)
息子(中々良い気分転換、もとい暇潰しになりそうだな)
息子(……まあ、この件は保留にして)
息子(このような僻地に『強い魔物』、か……どのような奴だろう)
剣士「よし、じゃあ早速飲み食いしたら行くか!」
息子「……少し聞き流していただけで、話が見えなくなっているのだが」
剣士「ああ?同じ宿に部屋取るってことで納得しただろうが」
息子「知らん知らん」
剣士「上の空での相槌でも撤回は無理だかんな!よーっし頑張るぞー!」
息子「…………」
息子(声を掛けたのは、間違いだったかもしれん……)
数時間後─
息子「おい……起きろ」
剣士「……ぐう」
息子「ああくそ。幸せそうな顔して酔い潰れおって。憎たらしい。いっそ燃やすか」
剣士「むにゃ、まだ、くえる……ぐう」
息子「食わんでいい。いいから起きろ」
剣士「……ぐう」
息子「ちっ……」
息子(捨て置いてもいいのだが……)
息子(あれだけ騒いで飲み食いしていたんだ。周囲の目があるな)
息子(もうしばらく気晴らしに居るつもりではあるし……見咎められるのは避けなくば)
息子(……仕方ない。言っていた宿に叩きこむか)
息子「はあ……」
息子「……」
息子「……成り行きで」
息子「成り行きで、部屋を取ってしまった……」
息子「しかも、あれの隣……」
息子「人間め……おかしな気を使いおって……仲間ではない、と言うに」
息子「……はあ」
息子「仕方ない、か」
息子「まあいい。どうせ数日帰らぬつもりだったのだ」
息子「それより折角だ。会ってみるか」
息子「その、『強い魔物』とやらに」
山─
息子「暗くなってしまったな」
息子「別段困ることはないが……」
息子「その魔物とやらは何処にいるのだろうか」
息子「気配がどうも掴み辛いな」
息子「ふむ。私に気取られぬ程の力の持ち主か……幾分かは骨がありそうだ」
息子「……しかし、どうすれば会えるのだか」