魔王「どうか、***」 14/27

息子「……何用だ」

衛兵「今日は。剣士様のお連れの方ですね?」

息子「そちらの言う“剣士”とやらが、私の連れであるかどうか」

衛兵「昨日、闘技場でご活躍なされた剣士様ですが」

息子「ああ……それならうちのバカに間違いはないだろう」

衛兵「お達しが出ております。城にご同行願えますか?」

息子「生憎だが、そちらの目当ての“剣士”は未だ眠りの中でな」

衛兵「……そろそろ昼になる頃合いですが?」

息子「そういう生き物だ」

衛兵「は、はあ……随分イメージと違う方なんですね。将軍の仰っていた話ではもっと」

息子「やめてくれ……」

衛兵「はい?」

息子「あれの良い評判は何故か腹が立つので、極力聞き流すことにしている」

衛兵「はあ……」

衛兵「では、剣士様の支度が整い次第」

息子「待ってくれ。用件は何だ? あれが何か無礼な事を、将軍殿にしたとか、そのようなことか?」

衛兵「私は単に剣士様と話がしたいとしか承ってはおりませんので……」

息子「その将軍殿がか?」

衛兵「いえ、我が国の姫様が」

息子「…………はあ?」

宿・剣士の部屋─

息子「おい、もう起きているのか?」

ドンドン

息子「おーい……」

ドン…

息子「ちっ……もういい入るぞ」

息子「おいこら起きんかニート!!」

剣士「……おお、おっはよー」

息子「もう昼だ! 早く顔を洗って着替えんか!」

剣士「えーっと……何で朝からそんな慌ててんの?」

息子「昼だと言うに……!」

剣士「ああ、だから腹が減ってるのか……んじゃまあ何か食いに」

息子「その前に着替え……まず顔を洗って来んか馬鹿者が!!」

剣士「うぉう!? 朝っぱらから鋭い蹴りとは、流石の最強剣士様も避けるのが結構難しかったぞ!」

息子「ごちゃごちゃ言っておる暇があればとっとと用意をしろ!!」

剣士「本当何なんだよー……」

息子「お前に召喚命令が出たらしい」

剣士「はい?」

息子「しかもその将軍殿ではなく、一国の姫君からな」

剣士「何だ……まだ夢かいだだだだだだ……」

息子「残念ながら夢ではない」

剣士「意味が分かんねえよ!」

息子「安心しろ。私もだ」

息子「どうやら、その将軍から話がいったようなのだが」

剣士「にしても昨日の今日だぜ? なんか陰謀めいたものを感じね?」

息子「何、役職の与えられていない王族など、得てして暇なものだ。大方お前の話を聞き、暇潰しにでもと呼び出したのだろうよ」

剣士「何か発言が具体的だけど、流してやんよ。んでもなあ……」

息子「良かったな、昨日の買い物が無駄にならずに済んで」

剣士「あー……気が重い」

剣士「ってか指名手配の件バレてねえよな……それだけが怖い」

息子「バレておったのら、姫の呼び出しと言うのは嘘で、のこのこ出向いた所を……という流れだろうな」

剣士「うわあ、ありそう」

息子「ならばどうする。逃げるか?」

剣士「いんや」

剣士「行くさ。罠だったら罠だった時のことだ!」

息子「ほう」

剣士「大立ち回り演じるのも悪くはねえし、それはそれで名前が上がるだろ?」

息子「いや……悪名を轟かせるのはどうかと思うが」

剣士「じゃあその辺お前が上手く立ち回って調整してくれや。肉体労働と頭脳労働。きっちり分けようぜ」

息子「……どうした、やけにやる気だな」

剣士「うはは。なんか色々、ぱーっといってみたくなってな」

息子「そう、か……」

剣士「んじゃまあ行きますかー相棒」

息子「分かった分かった」

剣士「とりあえず朝飯ってか昼飯は」

息子「我慢しろ。私は下に待たせている衛兵に、道筋などを聞いてくる」

剣士「ちっくしょー!!」

城―

息子「ふむ……」

剣士「おい……これはマズイだろ」

息子「そう、だな」

剣士「あんまりさあ……こういうとこ来たためしがねえから、確証はねえんだけど」

息子「言ってみろ」

剣士「ここってさ……すっげー偉いさんに謁見するような広間だよな」

息子「ご丁寧に人払いまでした上にな」

剣士「……気配もしねえから、何か隠れてることは無さそうだしな」

息子「油断させておいて……というのは常套手段ではあるが」

剣士「油断なんか出来るわけがねえだろ。こんなイイ待遇受けといて」

息子「城内の人間とすれ違う度、会釈されておったしな」

剣士「うおお分からん」

息子「これはひょっとするとあれかも知れんな」

剣士「どれだよ」

息子「お前を特別に雇い入れたいとか、そのような僥倖かもな」

剣士「んなバカな。どこの馬の骨かも分からねーような奴って、昨日お前が言ってたじゃねえか」

息子「お偉い方の考えることなど、やはり分からんものだ。ただ会って話がしたいという建前が、真実かも知れぬし」

剣士「ううむ……とりあえずお縄の心配は無いかなあ?」

息子「ふっ……さあな。あちらの思惑がはっきりするまで、せいぜい怯えて静かにしていろ」

剣士「くっ……人事だと思いやがって! お前だって何だ、逃亡幇助とかになるんじゃねえの!?」

息子「ほう、難しい言葉を知っているな。しかし私は捕まるような愚行を犯さぬわ。お前を囮に、早々逃げるかな」

剣士「外道!」

息子「短い付き合いだった……せめてまあ、安らかに眠れ」

剣士「殺すな諦めんな助けろよ相棒だろ!」

将軍「あの……」

剣士「うわあ!?……ってあんたは」

息子「む?」

将軍「お連れの方は初めてお会いしますね」

息子「ああ……噂の将軍殿か」

将軍「はい。昨日そちらの剣士殿に負けた者です」

剣士「あ……あはは」

剣士「き、昨日はどうもすみませんでした……えっと、ちょっと、驚いて……?」

将軍「いえお構いなく! こちらこそ……申し訳ありませんでした!」

剣士「え、え?」

将軍「昨日貴方が戦う様を見て、つい立場も忘れて挑んでしまい……ご迷惑をおかけしました」

剣士「いやいやいや! 何で頭下げるんすかやめて下さい!!」

息子「……」

息子「で……要件というのは」

将軍「…………いえ、その……」

剣士「あれ、何? 何でそんなこっち申し訳なさそうに見るんすか」

息子「こいつが何か?」

将軍「……姫様から、直接お伺い下さい」

剣士「?」

将軍「姫様……どうぞ」

姫「……」

将軍「姫様、こちらが剣士様。そしてその、お連れの方です」

姫「ふふ……初めまして」

剣士「は、初めまして……?」

息子「うむ……」

剣士(おいおい……)

息子(何だ小声で)

剣士(すっげえ美人さんだなあ。流石はお姫様ってやつか……)

息子(……はあ?)

剣士(えっ、何か今変な事言ったか?)

息子(いや……お前は、そういう奴だ)

剣士(意味が分からん……)

姫「突然お呼びしてしまい、申し訳ございません。私、貴方とお話がしたくて」

剣士「え、えーっと……そりゃまさかそっちの将軍さんを負かしちまったから、とか?」

姫「それも一つの理由です。お強いのですよね、剣士様」

剣士「あはは……ありがとうございます。ま、まあ人並みよりちょっと上くらいには」

姫「ふふ……そうですわよね。当然そうなりますわよね」

姫「では、こちら。貴方様……ですね?」

剣士「な!?」

息子「……!」

姫「ふふ。良かった。図星ですか」

将軍「……」

剣士「……何で、それを」

将軍「恥ずかしながら……貴方の事を少々調べさせて頂きまして」

姫「でも、辿り着けたのは本当に偶然だったとか。このような手配書、よく残っていたものですよ」

将軍「……ええ。本当に」

剣士「ぐ……」

息子「すまぬが」

息子「一体、何が目的だろうか?」

姫「あら」

息子「こいつの身元が完全に割れたのであれば、とっとと捕縛すればいいだけのこと」

剣士「おいこらてめえ……」

息子「まあ尤も、この馬鹿は大人しく捕まるような人間ではないぞ」

姫「ええ。そうでしょうね」

姫「我が国で一二を争うそこの将軍が負けてしまったのですもの。どう取り押さえてよいものか、皆目見当が付きませんわ」

息子「そうだろうよ。ならば第一、ここで何故王族の出る必要がある。追い詰められれば、流石のこいつとて手荒な真似も辞さんぞ」

将軍「なっ」

姫「あら、それは大丈夫ですわ。私は偽物。影武者ですから」

息子「嘘だな」

姫「ええ。嘘ですわ。ふふ……」

剣士「何か当事者蚊帳の外なんだけど……」

息子「情けない顔をするな。向こうには何か要求があるんだろう」

姫「ええ。要求と言いますか、取引ですわね」

剣士「取引ぃ……?」

姫「剣士様。どうかこの城にいらして下さい」

剣士「へ?」

剣士「あ、あはは……もう、来てますよ?」

姫「ふふ……この国に『仕えて』下さいと仰ったのですよ」

息子「断れば?」

姫「そうですわねえ。貴方様の消息を、国にお伝えするとか」

剣士「…………はは、面倒くせえ」

姫「勿論、お話を呑んでくださるのでしたら、このことは私と将軍の胸に仕舞っておきます。如何でしょう?」

剣士「……戦争の片棒を担ぐのは、もうまっぴらだ」

姫「ご安心を。今のところ、その予定はございませんわ」

剣士「どうだか。じゃあ何をさせようってんだよ」

姫「貴方のそのお力を生かせる場所は、何も戦場に限ったことではないでしょう」

姫「兵の指南に当たって頂くとか……ああ、私の護衛なんかも頼めそうですわね」

息子「取って付けたような職務だな」

姫「あら、当然ですわ。剣士様のようなお方がいるだけで、兵達の士は格段に変わることでしょう?」

息子「……だろうな」

剣士「ちっ……」

姫「さあ、どうなさいますか。剣士様」

剣士「どうするよ相棒」

息子「従うも一騒動起こすも、お前の好きにするがいい」

剣士「……はいよ」

将軍「……」

将軍「申し訳ありませんが……姫様に刃を向けると仰るのであれば……」

剣士「やめとけやめとけ。昨日と違って、今日は一対二だぜ。言っておくがうちの相棒もそこそこやるんだからな」

姫「まあ」

将軍「まさか……貴方も追われる身ですか?」

息子「これと一緒にしてくれるな。ただの真っ当な一般人だ」

剣士「どうだかー」

息子「喧しい」

姫「では、剣士様とご一緒に貴方もいらして下さいますわね」

息子「さあな。こいつの返事次第だ」

姫「剣士様……どうかご決断下さい」

剣士「何でそんな下手から脅迫出来んのかが分からねえ……」