魔王「どうか、***」 19/27

剣士「いやまあ漠然とね、曖昧な感じに」

息子「何だ」

剣士「家族が出来たらいいなあ……って」

息子「……はあ」

剣士「やめろ! 真顔はやめろ! かえって傷付くわ!!」

剣士「あれだよ、温かい家庭ってやつに憧れてるんだよ」

息子「それにはまず……相手が必要でだな……」

剣士「うっせーバーカ! 優しく諭すな!! いいじゃねえか別に!」

息子「まあ、思考は自由だと思うのだが……お前が……ねえ」

剣士「こう見えて子供は好きなんだぞ!」

息子「いや、伴侶が」

剣士「うるっっせえええええ!!」

剣士「何だお前! 言いたいことがあるなら言え!」

息子「お前のような自由人に、苦楽を共にしてくれる伴侶が見つかるとは思えぬ」

剣士「はっきり言うな!!」

息子「注文の多い奴め……大体、私とこうしてぐだぐだやっているようでは、とんと出会いがないだろうに」

剣士「ぐっ……遂に憐れみの視線まで使いやがって……!」

剣士「そんなこと言うならお前! 誰か紹介しろよ!」

息子「……はあ?」

剣士「面倒臭そうに! 睨むな!!」

息子「生憎だが、貴様に知人を紹介するほど、私は人の心を棄ててはいないのでな」

剣士「血も涙もねえくせに!!」

息子「お前限定でな」

剣士「ぐぐぐ」

剣士「そう言うお前はどうなんだよ! 婚約者とかいたりするのか?」

息子「いや。特に決まった相手はいないが」

剣士「ほら見ろ同類」

息子「遊ぶ女に不自由した試しは無いな」

剣士「死に耐えろ宿敵!!」

息子「おっと。酒瓶を投げつけるとは、原始的な攻撃だな」

剣士「けっ! てめぇは出来るだけ無惨に死ね!!」

息子「生憎だがその予定は無いな」

剣士「うっせーバカ!! もう寝る!!」

息子「勝手にしろ」

剣士「くたばれ!!」

息子「無理だな」

バタン!

息子「…………」

息子「……はあ」

剣士「…………」

剣士「……はーあ」

息子「あいつ、死なぬものかな」

剣士「あいつ、死なねえかなあ」

次の日―

剣士「はーい、んじゃまあ今日はこんなもんで終わっとこうか」

「あ、ありがとうございました!」

「お疲れ様でした!」

「また明日からもよろしくお願いします!!」

剣士「へ……あ、ああうん……うん?」

息子「お疲れ」

剣士「何か昨日の今日で舎弟が増えた気分」

息子「良かったな」

剣士「ええー……何か怖いわ。昨日あんだけ引いた目をしてたのに」

息子「それはお前が……いや、いい」

剣士「何だよ言い切れよ」

息子「癪だ。絶対に言うものか」

剣士「意味分からん」

息子「しかしお前、まともに剣を教えることも出来たのだな」

剣士「そりゃまあね。昨日のはあれよ、物のはずみで」

息子「もう少し後先考えて生きろ」

剣士「無理な話だ。しかしねーどうしよっかなあ」

息子「?」

剣士「個人的に一対一での鍛錬を何人かから頼まれてんだよ」

息子「……ほう」

剣士「だるいから、出来るだけやりたくないんだけどねえ」

息子「そうだな」

剣士「お前どう思う?やっぱり立場もあるしやっとくべき?」

息子「……やめておけ。一度引き受けると、恐らくきりがない」

剣士「ですよねー」

剣士「おっと将軍さんだ」

息子「……」

剣士「どうもー」

将軍「お疲れ様です剣士様」

剣士「いやいや。これくらい軽いものっすよ」

将軍「ははは、そうですか」

剣士「あ、一応将軍さんにも言っとくけどさあ」

将軍「何でしょうか」

剣士「ちょっと一部の兵からさ、一対一の鍛錬申し込まれたりしてるんすよ」

将軍「……は、あ」

剣士「でもこちらとしたら出来たらやりたくないんすけど……どうっすかねえ」

将軍「構いませんよ。お受けせずとも」

将軍「むしろそのようなことに、お手を煩わせるわけには参りませんから」

剣士「え、そう? ありがとな!」

将軍「い、いえ……! 私の方からも皆に剣士殿を困らせることのないように、きつく言い聞かせておきますので……!」

剣士「いや……そんな畏まらんでもいいのに」

息子「はあ……」

剣士「そんじゃまあ、昼飯に行ってくるから」

将軍「……城で召し上がっては如何ですか?」

剣士「いやあ、いいものって食い慣れてねえもんでさ。なあ相棒」

息子「貴様と一緒にするな」

剣士「いで!?」

将軍「な」

将軍「ちょ……貴方は何を」

息子「躾だ躾」

剣士「てめぇ……気軽に人の頭殴るんじゃねえよ!」

息子「気にするな。行くぞ」

剣士「あ、待てっての勝手すぎんだろ! じゃあ将軍さん! またな!」

将軍「はあ」

街―

剣士「しかしお前、将軍さんのこと嫌いだよなあ」

息子「悪いか」

剣士「いんや。でも何でだろうなあとは思う」

息子「ああいう輩は問答無用で敵だ……む」

剣士「うん、お前も生きにくい生き方してるんだなあ……って、こらこらお前」

息子「ちっ……何だ」

剣士「人と喋ってる時に女に色目使ってんじゃねえよ」

剣士「お前、今すれ違った姉ちゃんみたいなのが好みなの?」

息子「そういう訳ではない」

剣士「じゃあ何なんだよ。羞恥心なんて今更だろー」

息子「……服」

剣士「服ぅ?んな珍しいカッコしてたっけ」

息子「何、知っている女に似合いそうだなと思っただけだ」

剣士「へ、へえ?」

剣士「お前もそんな殊勝な人並みの思考をするんだねえ」

息子「喧しいわ。早く食う場所を決めるぞ」

剣士「へいへい。で、それってどんな女?」

息子「死ね」

剣士「うぉぉ……今までにない殺気……何だよ今の地雷か!?」

息子「ふん」

剣士「おお、ここの飯は当たりだな。代わりに覚えとけお前」

息子「また誰かに聞いた店か?」

剣士「おう。上手い飯食えるとこ教えてくれって、兵士の皆に聞いたんだ。色々穴場とか教えてくれて助かったぜ」

息子「……そうか」

剣士「何だよお前興味なさそうな顔してー」

息子「どう興味を沸かせと」

剣士「そいつらに飯食いに誘われたりもしたけど、連れがいるからって全部断ったんだぜ。感謝しろよ」

息子「ああ、まあ確かに。その心掛けは偉いと思うぞ」

剣士「えっ。お前が褒めるなんて気持ちわる」

息子「お前は目を離すとろくなことにはならぬものな。飼い主に従順なのは、良い事だ」

剣士「机の下で陰湿に足を踏んでくる飼い主なんて嫌だわ」

剣士「まあお前となら気使わなくていいもんなー」

息子「多少は気を使え。私の支払いだぞ」

剣士「つってもこの前の闘技場の賞金とか城からの給料で、金なら着実に貯まってきてるんだぞ。ここの支払い持つくらいなら余裕で」

息子「嫌だ」

剣士「何が」

息子「お前に養われるくらいなら、舌を噛んで死ぬ」

剣士「一体何がお前をそこまで追い詰めるんだ!?」

剣士「じゃあ、半永久的にお前のヒモをすることになるんだけど」

息子「縁の続く限りな」

剣士「お前あれだよなー」

息子「何だ」

剣士「バカだよな……」

息子「お前もな」

剣士「っしゃあ飯食ったー!」

息子「見れば分かる」

剣士「んじゃとりあえず城に戻りますかー。昼から仕事無いようなら、昼寝でもするかね」

息子「もう少し有意義に時間を使え」

剣士「うはは! そんな心掛け出来てたら、お前なんかに貴重な時間を割くわけねえだろ!」

息子「ははは……」

剣士「痛い痛いすねを狙うのはやめろ! すねは!!」

息子「まあいい。とっとと行くぞ」

剣士「へーい。因みに、お前は昼からどうするつもりなの?」

息子「読書をするか、剣でも振るう」

剣士「お前もあんまり変わんねえじゃねえか!!」

息子「自己鍛錬という崇高な物だ。お前と一緒にするな」

剣士「時間持て余してるって感じがぷんぷんするけどなあ……」

城─

剣士「あ、将軍さん」

将軍「お帰りなさいませ、剣士殿。おや、あのお連れ殿は」

剣士「あいつなら部屋。とりあえずは本でも読むんだってさー」

将軍「そうですか」

剣士「おっといい笑顔だー」

将軍「何か?」

剣士「いえいえ」

剣士「で、何か仕事ありますかね? 無いなら無いで昼寝でもするんだけど」

将軍「うーん……特にはありませんね。残念ながら……」

剣士「あ、本当? じゃあ遠慮なく」

将軍「私はありませんが……一応姫様にも伺いに参りましょうか」

剣士「え」

将軍「剣士殿を雇ってらっしゃるのは姫様ですからね」

剣士「……へーい」

姫の部屋─

姫「お仕事……ですか?」

剣士「何も無い? 何も無いよな!?」

姫「無い、と言えばどうなさいますの?」

剣士「んー、昼寝かあいつの部屋行ってぐだぐだするかな?」

将軍「その他に何も予定が無いのでしたら……」

剣士「え?」

姫「分かりましたわ。お仕事は特に、私の方からもありません」

剣士「マジすか。じゃあこれで」

姫「その代わり……」

剣士「え」