剣士「いやまあ漠然とね、曖昧な感じに」
息子「何だ」
剣士「家族が出来たらいいなあ……って」
息子「……はあ」
剣士「やめろ! 真顔はやめろ! かえって傷付くわ!!」
剣士「あれだよ、温かい家庭ってやつに憧れてるんだよ」
息子「それにはまず……相手が必要でだな……」
剣士「うっせーバーカ! 優しく諭すな!! いいじゃねえか別に!」
息子「まあ、思考は自由だと思うのだが……お前が……ねえ」
剣士「こう見えて子供は好きなんだぞ!」
息子「いや、伴侶が」
剣士「うるっっせえええええ!!」
剣士「何だお前! 言いたいことがあるなら言え!」
息子「お前のような自由人に、苦楽を共にしてくれる伴侶が見つかるとは思えぬ」
剣士「はっきり言うな!!」
息子「注文の多い奴め……大体、私とこうしてぐだぐだやっているようでは、とんと出会いがないだろうに」
剣士「ぐっ……遂に憐れみの視線まで使いやがって……!」
剣士「そんなこと言うならお前! 誰か紹介しろよ!」
息子「……はあ?」
剣士「面倒臭そうに! 睨むな!!」
息子「生憎だが、貴様に知人を紹介するほど、私は人の心を棄ててはいないのでな」
剣士「血も涙もねえくせに!!」
息子「お前限定でな」
剣士「ぐぐぐ」
剣士「そう言うお前はどうなんだよ! 婚約者とかいたりするのか?」
息子「いや。特に決まった相手はいないが」
剣士「ほら見ろ同類」
息子「遊ぶ女に不自由した試しは無いな」
剣士「死に耐えろ宿敵!!」
息子「おっと。酒瓶を投げつけるとは、原始的な攻撃だな」
剣士「けっ! てめぇは出来るだけ無惨に死ね!!」
息子「生憎だがその予定は無いな」
剣士「うっせーバカ!! もう寝る!!」
息子「勝手にしろ」
剣士「くたばれ!!」
息子「無理だな」
バタン!
息子「…………」
息子「……はあ」
剣士「…………」
剣士「……はーあ」
息子「あいつ、死なぬものかな」
剣士「あいつ、死なねえかなあ」
次の日―
剣士「はーい、んじゃまあ今日はこんなもんで終わっとこうか」
「あ、ありがとうございました!」
「お疲れ様でした!」
「また明日からもよろしくお願いします!!」
剣士「へ……あ、ああうん……うん?」
息子「お疲れ」
剣士「何か昨日の今日で舎弟が増えた気分」
息子「良かったな」
剣士「ええー……何か怖いわ。昨日あんだけ引いた目をしてたのに」
息子「それはお前が……いや、いい」
剣士「何だよ言い切れよ」
息子「癪だ。絶対に言うものか」
剣士「意味分からん」
息子「しかしお前、まともに剣を教えることも出来たのだな」
剣士「そりゃまあね。昨日のはあれよ、物のはずみで」
息子「もう少し後先考えて生きろ」
剣士「無理な話だ。しかしねーどうしよっかなあ」
息子「?」
剣士「個人的に一対一での鍛錬を何人かから頼まれてんだよ」
息子「……ほう」
剣士「だるいから、出来るだけやりたくないんだけどねえ」
息子「そうだな」
剣士「お前どう思う?やっぱり立場もあるしやっとくべき?」
息子「……やめておけ。一度引き受けると、恐らくきりがない」
剣士「ですよねー」
剣士「おっと将軍さんだ」
息子「……」
剣士「どうもー」
将軍「お疲れ様です剣士様」
剣士「いやいや。これくらい軽いものっすよ」
将軍「ははは、そうですか」
剣士「あ、一応将軍さんにも言っとくけどさあ」
将軍「何でしょうか」
剣士「ちょっと一部の兵からさ、一対一の鍛錬申し込まれたりしてるんすよ」
将軍「……は、あ」
剣士「でもこちらとしたら出来たらやりたくないんすけど……どうっすかねえ」
将軍「構いませんよ。お受けせずとも」
将軍「むしろそのようなことに、お手を煩わせるわけには参りませんから」
剣士「え、そう? ありがとな!」
将軍「い、いえ……! 私の方からも皆に剣士殿を困らせることのないように、きつく言い聞かせておきますので……!」
剣士「いや……そんな畏まらんでもいいのに」
息子「はあ……」
剣士「そんじゃまあ、昼飯に行ってくるから」
将軍「……城で召し上がっては如何ですか?」
剣士「いやあ、いいものって食い慣れてねえもんでさ。なあ相棒」
息子「貴様と一緒にするな」
剣士「いで!?」
将軍「な」
将軍「ちょ……貴方は何を」
息子「躾だ躾」
剣士「てめぇ……気軽に人の頭殴るんじゃねえよ!」
息子「気にするな。行くぞ」
剣士「あ、待てっての勝手すぎんだろ! じゃあ将軍さん! またな!」
将軍「はあ」
街―
剣士「しかしお前、将軍さんのこと嫌いだよなあ」
息子「悪いか」
剣士「いんや。でも何でだろうなあとは思う」
息子「ああいう輩は問答無用で敵だ……む」
剣士「うん、お前も生きにくい生き方してるんだなあ……って、こらこらお前」
息子「ちっ……何だ」
剣士「人と喋ってる時に女に色目使ってんじゃねえよ」
剣士「お前、今すれ違った姉ちゃんみたいなのが好みなの?」
息子「そういう訳ではない」
剣士「じゃあ何なんだよ。羞恥心なんて今更だろー」
息子「……服」
剣士「服ぅ?んな珍しいカッコしてたっけ」
息子「何、知っている女に似合いそうだなと思っただけだ」
剣士「へ、へえ?」
剣士「お前もそんな殊勝な人並みの思考をするんだねえ」
息子「喧しいわ。早く食う場所を決めるぞ」
剣士「へいへい。で、それってどんな女?」
息子「死ね」
剣士「うぉぉ……今までにない殺気……何だよ今の地雷か!?」
息子「ふん」
剣士「おお、ここの飯は当たりだな。代わりに覚えとけお前」
息子「また誰かに聞いた店か?」
剣士「おう。上手い飯食えるとこ教えてくれって、兵士の皆に聞いたんだ。色々穴場とか教えてくれて助かったぜ」
息子「……そうか」
剣士「何だよお前興味なさそうな顔してー」
息子「どう興味を沸かせと」
剣士「そいつらに飯食いに誘われたりもしたけど、連れがいるからって全部断ったんだぜ。感謝しろよ」
息子「ああ、まあ確かに。その心掛けは偉いと思うぞ」
剣士「えっ。お前が褒めるなんて気持ちわる」
息子「お前は目を離すとろくなことにはならぬものな。飼い主に従順なのは、良い事だ」
剣士「机の下で陰湿に足を踏んでくる飼い主なんて嫌だわ」
剣士「まあお前となら気使わなくていいもんなー」
息子「多少は気を使え。私の支払いだぞ」
剣士「つってもこの前の闘技場の賞金とか城からの給料で、金なら着実に貯まってきてるんだぞ。ここの支払い持つくらいなら余裕で」
息子「嫌だ」
剣士「何が」
息子「お前に養われるくらいなら、舌を噛んで死ぬ」
剣士「一体何がお前をそこまで追い詰めるんだ!?」
剣士「じゃあ、半永久的にお前のヒモをすることになるんだけど」
息子「縁の続く限りな」
剣士「お前あれだよなー」
息子「何だ」
剣士「バカだよな……」
息子「お前もな」
剣士「っしゃあ飯食ったー!」
息子「見れば分かる」
剣士「んじゃとりあえず城に戻りますかー。昼から仕事無いようなら、昼寝でもするかね」
息子「もう少し有意義に時間を使え」
剣士「うはは! そんな心掛け出来てたら、お前なんかに貴重な時間を割くわけねえだろ!」
息子「ははは……」
剣士「痛い痛いすねを狙うのはやめろ! すねは!!」
息子「まあいい。とっとと行くぞ」
剣士「へーい。因みに、お前は昼からどうするつもりなの?」
息子「読書をするか、剣でも振るう」
剣士「お前もあんまり変わんねえじゃねえか!!」
息子「自己鍛錬という崇高な物だ。お前と一緒にするな」
剣士「時間持て余してるって感じがぷんぷんするけどなあ……」
城─
剣士「あ、将軍さん」
将軍「お帰りなさいませ、剣士殿。おや、あのお連れ殿は」
剣士「あいつなら部屋。とりあえずは本でも読むんだってさー」
将軍「そうですか」
剣士「おっといい笑顔だー」
将軍「何か?」
剣士「いえいえ」
剣士「で、何か仕事ありますかね? 無いなら無いで昼寝でもするんだけど」
将軍「うーん……特にはありませんね。残念ながら……」
剣士「あ、本当? じゃあ遠慮なく」
将軍「私はありませんが……一応姫様にも伺いに参りましょうか」
剣士「え」
将軍「剣士殿を雇ってらっしゃるのは姫様ですからね」
剣士「……へーい」
姫の部屋─
姫「お仕事……ですか?」
剣士「何も無い? 何も無いよな!?」
姫「無い、と言えばどうなさいますの?」
剣士「んー、昼寝かあいつの部屋行ってぐだぐだするかな?」
将軍「その他に何も予定が無いのでしたら……」
剣士「え?」
姫「分かりましたわ。お仕事は特に、私の方からもありません」
剣士「マジすか。じゃあこれで」
姫「その代わり……」
剣士「え」