魔物「う……が?!」
剣士「な?」
魔物「ぐっ……な、なんだ、てめえは?!本当に人間か?!」
剣士「悪かったな人間で」
魔物「は、話がちが」
剣士「はあ? 何を」
ゴゥッ!!
剣士「?!」
剣士「な、何をしやがる!」
息子「すまん。助太刀しようと思ったが、手元が狂った」
剣士「あーあー……逃げられちまったじゃねえか」
息子「何。あれだけ追い詰めたんだ。しばらく出てくることはないだろう」
剣士「そうは言ってもお前なあ……」
息子「邪魔をした詫びに、しばらくは食事も宿も私が面倒を見よう」
剣士「全く仕方がねえな!特別に許してやるぜ!!」
息子(あいつは……無事に逃げたようだな)
息子(城に向かうように言ってあるし、問題は無かろう)
息子(とりあえず、今夜は一度城に帰るか)
息子「さて、馬を拾って行くぞ」
剣士「おう!とっとと次の街に着いて、飯にしようぜ!」
息子「分かった分かった」
剣士「早く来いよ!置いてくぞ!!」
息子「……はあ」
街─
剣士「ふーい!着いたぞ!」
息子「見れば分かる」
剣士「何だよノリが悪いなあ。これから祝杯を上げるってのに」
息子「気付いているのか?お前は私と知り合ってから、ほぼ毎夜酒浸りだということに」
剣士「うはは、固い事言うなよこのこのー」
息子「殺すぞ」
??「あ、あの……」
剣士「ん?」
息子「む」
街娘「貴方達、もしかしてあの山を越えて……?」
剣士「ああ、そうだけど?」
街娘「や、やっぱり!皆!この人たち、山を越えて来たんですって!!」
「ま、マジかよ……」
「あの魔物を倒したってのか?!」
「でも、片方は強そうにゃ見えねえな」
「いやいや、案外……」
剣士「お、お……?」
息子「何故私を盾にする」
剣士「いや、だってなんかこー……」
息子「ふむ」
息子「確かに、私達は山の魔物を退けて、ここに来た」
街娘「す、すごい!お強いんですね!」
息子「いや、強いのは……ほれ」
剣士「へ」
息子「こいつだ」
街娘「?!」
ザワザワ…
息子「こいつ一人が、魔物と渡り合った。私はほとんど何もしていない」
街娘「え……えええ?!」
息子「なあ。その通りだろう?」
剣士「い、いやまあ、そうだけど……」
街娘「今まで何人で挑んでも決して敵わなかったあの魔物に、本当にたった一人で……?!」
剣士「お……おう」
街娘「ま、まさか……そんな……」
息子「まあ、そういうことだ。ところで、私達は宿を探しているのだが」
街娘「あ、あ。それでしたら、あっちの通りに宿がいくつか」
息子「そうか、礼を言う。行くぞ」
剣士「お、おう」
街娘「あ……」
息子「どうした。いつもの勢いはどこにいった」
剣士「いや……だって見ただろお前。あの胡散臭そうな目」
息子「まあ、信じられなくても仕方は無いだろう。随分手こずっていた魔物を、お前たった一人で倒したというのだから」
剣士「だからお前を矢面に出そうと思ったのに……」
息子「名前を売りたいのだろう。協力してやったまでだ」
剣士「くっそ……そう言ってお前、楽しんでるだけだろ絶対」
息子「くっくっく……不満があるなら酒で忘れろ」
夜─
剣士「ひゃああっはあああ呑め呑め呑め呑め!!!」
息子「……」
剣士「おおいお前酒が進んでねえぞお?!呑み潰れろや陰険野郎やああああああい!!!」
息子「お、い……」
剣士「ふひゃひゃはははははあああ!剣は勿論のこと酒だって強いぜ強いぜ負けねえっっぜえええええ!食いものジャンジャン持って来させろ!!!」
ヒソヒソ…
息子(何処に行っても視線が突き刺さるな……)
息子(まあ、これでこいつの名と顔はある程度広まるだろう)
息子(名うての剣士としてか、不審者としてかは知らんがな……)
息子(私はそのオマケで十分だ)
息子「おい。その辺で切り上げて、宿に戻るぞ」
剣士「はあ?!てめえの思い通りになんざ動かねえかんな!!」
息子「うるさいぞ酔っ払い。駄々をこねるな」
剣士「はっ!!お前どうせあれだろ、宿に戻ると見せかけて、昼間会った子とか引っかけに行くんだろ?!」
息子「何を言っているんだお前は」
剣士「お前一人楽しもうったってそうはいかねえぞ!!」
息子「心配するな。女遊びをする気分ではない」
剣士「……お前、やっぱりその気が」
息子「可能な限りゆっくりと消し炭にしてやろうか貴様」
剣士「冗談だよ……頼むから、そのたまにやる本気の目はやめてくれ。怖いんだよマジで……」
剣士「でもお前なら女に困んねえだろうなあ。ある程度見栄え良いし」
息子「いきなり当然のことを言われても、対処に困るのだが」
剣士「おおうちょっとこの面倒臭さに慣れてきたぞ。で、どうなんだよ」
息子「まあ、そんな所だ。困ったことはない」
剣士「言うねえ」
息子「……血族というだけで、言いよる輩はいくらでもいるからな」
剣士「何か言ったか?」
息子「いいや」
息子「そう言うお前は、どうなんだ?」
剣士「え?」
息子「そういう方面にはとんと縁がなさそうだな、と思ってな」
剣士「う、うるせえな。浮いた話の一つや二つ」
息子「あるのか?」
剣士「呑め!いいから呑め!!!」
息子「ふっ……そうか、新品か」
剣士「その、憐れみの目もやめろおおおおお!!!!」
剣士「……ぐう」
息子「そして結局このパターンか」
剣士「う……うう……新品で、何が……わるい」
息子「まあ、それが良いと言う者も中にはいるようだぞ。私にはよく分からんがな」
剣士「あうう…………ぐう」
息子「さてと……戻るか」
宿─
息子「ふう……」
息子「隣の部屋にぶち込んだから、朝まで顔を見ずに済むな」
息子「しかしあれと共に旅をするとなると、本当に面倒ばかりだな……白い目も含め」
息子「別の部屋を取って良かった。金は余分にかかるが、安息は大事だ……全く」
息子「……はあ」
息子「とりあえず、さっさと行って帰って来るか」
城─
息子「よう」
魔物「よーう」
息子「いつ着いた」
魔物「夕方くらいだな」
息子「それは何より。見たところ息災のようだしな」
魔物「おう。部屋もこの通り、いいのを貰ったわ」
息子「私が頼んでおいたからな」
魔物「所で、だ」
バシィッ!!
息子「何をする」
魔物「うるせえ!抵抗するな!殴らせろ!!」
息子「全く……お前が負けたのは、お前の責任だろうに私に当たるとは」
魔物「決着はついてねえだろうが!!何だあの人間は?!」
息子「拾った」
魔物「どこの戦場行ったって転がってねえよ!あんな化け物!」
息子「いやいや、何の変哲もない小さな街で知り合ってな」
魔物「いるわけねえだろ、んなとこに……この俺が防戦一方だったんだぞ。敵う魔物なんざ、数えるほどしか……」
息子「ふむ。まあ、あの強さは少々桁違いではあるがな」
魔物「……何でそんなに楽しそうなんだよ」
息子「気のせいだろう」
魔物「あーもう、あの人間のことは一先ず忘れてやる」
息子「演技のはずが本物の敗北になったため、忘れたくなるのも無理は」
魔物「黙れ。とりあえず、俺に芝居させようとした理由は何だったのかを教えやがれ」
息子「ああ。勿論その話をしに戻って来た」
魔物「この期に及んで暇潰しとか言いやがったら……」
息子「安心しろ。れっきとした崇高な目的のためだ」
魔物「胡散臭え」
魔物「まあいいや……一応言ってみろ」
息子「『平和』のためだ」
魔物「はあ?」
息子「戦争や紛争の無い、穏やかな世の中だ」
魔物「……お前は何を言ってやがるんだ」
魔物「俺があの人間に負けて、どこがどう転んだら戦いが無くなるんだよ」
息子「あの人間を、救世主とやらに仕立て上げる」
魔物「はあ?!」
息子「民衆に希望を持たせるに値する、所謂魔王を倒す『勇者』に仕立て上げるのだ」
魔物「ちょ、ちょっと待て!魔王様を倒すだ?!」
魔物「お前!そんなことが魔王様の耳に入ったら息子のお前だって……!!」
息子「父上には既に了承を頂いていることだが?」
魔物「…………は?」
息子「敵となるべく者を導くことに、父上は賛成して下さった」
魔物「これ……『下剋上』、ってやつじゃねえの?」
息子「そのような疲れることを、誰がするものか」
息子「何も本当に父上を倒させるわけではない」
魔物「じゃあ、一体何が目的なんだよ」
息子「十分に人心が集まった勇者を、父上が容赦なく、呆気なく倒せばどうなるだろうな」
魔物「……ああ」
息子「期待が高いほど、踏み躙られた時の落胆は激しいものとなる」
魔物「なるほどな。これも魔王様のゲームの一つか」
息子「人間での新しい遊び方を模索していたからな。中々良く食いついて下さったよ」
魔物「ってことはあれか……お前はあの人間が有名になるように仕向けて」
息子「機を見て始末する」
魔物「エグイねえ」
息子「そう褒めるな」
魔物「しっかし今日見た感じ何か親しげだったから、あの人間に情でも移ったのかと思っていたが」
息子「妙な事を言うな。あるわけがないだろう」
魔物「ま、いいけどよ」