剣士「こっからずーっと遠くの遠くさ。海越え山越えそのまた彼方。そんなど田舎」
息子「帰る気はさらさらないと見えるな」
剣士「まあな。それを言うなら、お前だって」
息子「私が、何だというのだ」
剣士「お前あれだろ、どっかのボンボンで、跡継ぎの役目を放って流れてきたってタマだろ」
息子「……」
剣士「あらやだ図星!?」
息子「貴様……」
剣士「うはは、まーいいんじゃねえの。社会勉強ってことで。若い内は迷えばいいんだよ」
息子「ふん」
剣士「でもま、決めなくちゃいけない時期ってのは刻一刻と近づきますぜ、旦那」
息子「こうして、お前に餌付けしている内にもな」
剣士「善行を積むってのも、立派な勉強だと思うぜ?」
息子「それは確実に、私には不必要なものだ」
息子「ところで、だ」
剣士「何だ?」
息子「お前、くれぐれも私の目が届かない場所には行かないようにしろ」
剣士「へ?」
息子「町に、お前の噂が広まってしまっているようなのだ」
剣士「早いなおい!?」
剣士「えー、マジ……?」
息子「ああ」
剣士「くっそー……どうせあれだろ、証拠がないから信じらんねーとか、そんなんだろ。ほんとに強いんだってのに畜生め……」
息子「あ、ああ。まあそのような所だな」
息子「一応、魔物が去ったことは確認されているらしいが」
剣士「こっちの手柄って分かってもらえねえと意味ねえじゃん。あーあ、嘘つき呼ばわりはもうなれたけどよー、やっぱこうさー」
息子「やはりそうか」
剣士「ああ?」
息子「お前が無名の理由だ」
息子「確かに、お前は腕っ節を示さぬ限り、単なる卓絶した不審者にしか見えぬものな」
剣士「ぶん殴りたいけど我慢してやる」
息子「しかし、これまでに用心棒などの仕事を幾度かしていたと聞くが。その辺りの評判はどうなのだ?」
剣士「いやー。大概最後は雇い主とか同僚と喧嘩別れすっからよ、『これこれこういう奴は絶対に雇うな』って噂だけが流れるオチで」
息子「貴様……本物の社会不適合者ではないか。それとも燃えるゴミの方だろうか?」
剣士「飯食わせて貰ってる手前言うのも何だが、お前もぜってーその口だろ」
息子「まあいい。田舎から出てきたのだし、礼儀作法を弁えぬ猿であるのも致しかたない」
剣士「うめー、このハム超うめー」
息子「都会に行けば力を見せる場面などいくらでもあるだろうし、この街なんぞより、噂の広まる範囲は広い。せいぜい私が目を光らせておく故、大人しく有名になるがいい」
剣士「ああ? 何でだよ」
息子「何、単なる暇潰しだ」
息子「それに、お前という野生動物を恭順になるよう飼育するというのも、中々良い社会勉強に…………貴様」
剣士「おおっとー丁度いいとこにあったグラス一杯の水を思わず掴んでお前の頭に被せてしまった冷たいいいい!?」
息子「以下略、だ」
剣士「てめえ……」
息子「ほう、やるか。いいだろう……掛かって来い!」
剣士「……お前が悪いんだぞ」
息子「ふん。先に仕掛けたのはお前だ」
剣士「あーあ、飯も結構残ってたってのに勿体ない」
息子「しかしあの程度で客を追い出すとは、何と忍耐の足りぬ店主だろうか」
剣士「なあ。こんなの日常茶飯事だもんな」
息子「全くだ。多少壁や椅子、机に傷が付き焦げたところで、営業に支障はないだおろうに」
剣士「違いねえ違いねえ」
剣士「っつーわけで、食い直しに行こうぜ!とりあえず店も多そうだしあっちの通りに行ってみ」
息子「待て」
剣士「何だよ、手を離せ」
息子「その、反対の方に行こう」
剣士「反対って、来た道だろ? 特にうまそうな店は無かったじゃねえか」
息子「いいから。早く歩け」
剣士「いだだ! んな強く引っ張るな!」
街娘「あ、やっぱり!」
剣士「あれ?」
息子「……ちっ」
街娘「今日は、剣士さん。私昨日の」
剣士「ああ。覚えてるよ、昨日話しかけてくれたお姉ちゃんだよな?」
街娘「わあ! 覚えてて下さったんですね!」
街娘「今朝お連れさんにお会いしたんです。剣士さんにもお会いできて、とっても嬉しいです!」
剣士「……お前、朝から何ナンパなんかしてんだよ」
息子「彼女から先に声を掛けてきたのだが」
剣士「うっそだー、誰が好き好んでお前みたいな胡散臭い悪人面に朝っぱらから声を掛けるんだよ」
息子「そうなると、二三日前のお前は余程の物好きということになるな」
剣士「あ」
街娘「ち、違いますよ!ナンパじゃありません!」
街娘「この街のこととか、剣士さんのことについてお話して頂いたんです」
剣士「え……あ、ああ……ごめんな、強そうに見えなくて……」
街娘「わ、わわ、落ち込まないで下さい! きっと大丈夫ですから!」
息子「慰めはしても、否定はしないんだな」
街娘「……嘘はつけませんし」
剣士「うう……何でこんなに報われねえんだろ」
息子「日頃の行いだろう」
剣士「うるせえ斬るぞ」
息子「その前に剣ごと燃やしてくれるわ」
街娘「喧嘩はいけませんよ! さっきもそれで追い出されちゃったんですよね!?」
息子「む?」
息子「何故、知っているのだ? その場にいたのか?」
街娘「いえ、ここに来る途中すれ違う人皆が噂してましたから」
息子「他に娯楽はないのかこの街は……そういえば先程から、妙に視線を感じるが」
剣士「そうか?」
剣士「こんなもんじゃねえの? 通りすがりにガン見されたりとか普通じゃん」
息子「お前はもう、何も喋るな」
剣士「えー」
街娘「お二人とも仲がよろしいんですねえ」
息子「やめてくれ」
剣士「おーおー分かる!? 見ての通りの仲良ぐむむむー!?」
息子「喋るな、と言っただろう」
街娘「あ……あははは……」
街娘「ところで、お二人はこれからご予定はありませんか?」
息子「む、いや、特には……」
剣士「これから二軒目の昼飯どーすっかって喋ってたとこだしな」
街娘「でしたらその……ご一緒してもいいですか?」
剣士「え、何で?」
息子「……」
街娘「わ、私だけじゃないんですけど、何人かのお友達が剣士さんたちとお話がしたいって」
剣士「別に面白い話なんか出来ないぜ?」
街娘「面白い面白くないじゃなくて……皆、剣士さんとお話したいって」
息子(遂に私が除外された……)
剣士「んー。構わねえけど?」
街娘「ほんとですか!?でしたらちょっとお友達を呼んできますので、少し待って」
息子「すまんが、これから旅の打ち合わせをするのだ」
街娘「え」
剣士「へ? んな話は別に夜でも」
息子「そういう理由で、失礼する」
剣士「ちょっと待て! だから引っ張るなって!!」
息子「はあ……」
剣士「何だよお前、変な奴だなー」
息子「黙れ元凶。貴様、あれが何か分かって物を言っているのか?」
剣士「飯を一緒に食うのが、そんなにおかしいことなのか?」
息子「この場で塵に出来たらどれほど楽か」
息子「聞くが貴様。異性に茶だの飯だのを誘われた記憶は」
剣士「結構奢ってもらえるもんだよなー」
息子「よし、もう一度言ってみろ」
剣士「いやだってそんな凄まれたって。金無いからって断っても、出すって言われちゃ甘えるしかねえだろ」
息子「……貴様は、どうして、こう……」
剣士「いやー、こんな世の中でも親切な人ってのは多いもんだね」
息子「貴様は今間違いなく、私含めた世の中の男全てを敵に回した」
剣士「何でだよ。奢られるのがそんなにマズいことなのか?」
息子「大いにマズい。いいか、よく聞け。今後、私以外の者から飯などを施されるなよ。風評に関わる」
剣士「? まあ、三食保証してくれるんならな!」
息子「分かった。分かったから黙れこのヒモが」
剣士「ひでえ言い草だなあ」
剣士「でも、さっきの子結構可愛かったのに、本当に断っちまって良かったのか?」
息子「は……あ?」
剣士「いやー、やっぱモテる男は違うね! 女の誘いなんて軽くいなせるんだから!」
息子「……」
剣士「あれ、何でエグイ顔してるんだ? 何かあったのか?」
息子「…………二軒目を探すぞ」
剣士「お、おう?」
剣士「ふーい! ごっそーさん!」
息子「……ああ」
剣士「どうしたんだよお前暗い顔してよー。あんまり食ってなかったみたいだし、具合でも悪いのか?」
息子「貴様は……あの好奇より数段上の視線を、よく気にせずいれたな」
剣士「ん? そりゃまー、余所者なんだし珍しいだろうよ」
息子「……はあ」
息子「これはもう、明日朝一で街を出た方がいいだろうな」
剣士「えー、だってお前は知らねえだろうけど、その都って結構遠いんだぜ? ゆっくり出たって変わんねえよ」
息子「中途半端な田舎だから、逆に目立つのだ。早く出るぞ」
剣士「ちぇー……ゆっくり寝たかったのになあ」
息子「喧しい」
剣士「何だよお前、さっきからイライラ苛々と」
剣士「ははあん……さてはお前」
息子「何、だ」
剣士「分かった! 許してやろう! だから行って来いよ!」
息子「何処に行けと」
剣士「え、だから女引っかけに」
息子「何故そこに繋がる……!?」
剣士「ははは、お前あれだろ、性欲持て余しちゃってるけど、見栄があるから発散できなくてイライラしてるんだろー」
息子「断じて違うと言っておく」
剣士「ええー? 気を利かせたつもりだったのに」
息子「余計なお世話だ。第一、溜まっていればお前なんぞに許可を得ずとも」
剣士「確かに自家発電は自由だけどな!」
息子「身ぐるみ剥いで売り飛ばすぞヒモニート」
息子「はあ……しかし、確かに少し疲れたな。宿に戻るか……」
剣士「あ、じゃあ同じく戻って昼寝でもすっかなー」
息子「まだ寝るのか」
剣士「おう! 寝る子は育つんだぜ!!」
息子「……まあ、別行動されるよりマシか」
数時間後・宿─
息子「はあ」
息子「よく、寝たが……酷い夢を見た、気がする」
息子「それもこれもあいつが底抜けの馬鹿だから……」
息子「……そろそろ夕餉の時刻か」
息子「仕方がない。あれを起こして、街に出るか」
コンコン
息子「おい」
トントン
息子「おい」
ドンドンドンドンドンドン!
息子「…………」
息子「だから、嫌なんだ……」
息子「おい……入る……ぞ?」
ギィ
息子「…………?」
息子「いない?」
息子「一体何処に……」
息子「お、書き置きか?」
『早く目が覚めたんで、ちょっくら外をブラブラして来るぜ!』
息子「……」