魔王「どうか、***」 27/27

剣士「だ、大体何が『私の物だ』、だ……私は別に、お前のものになった覚えなんて」

息子「最初声を掛けた時からそのつもりでいたのだが」

剣士「……」

息子「後腐れの無い女遊びには丁度いいかと」

剣士「やっぱり最低だなてめえ!!」

息子「だが……結局ずるずると、そのような機会は終ついぞなかったな」

剣士「やべえ……こいつとんだむっつりだ……」

息子「つまり、それだけ焦らされて、いつの間にか本気で惚れ込んでいたという訳だ。分かるか」

剣士「知らん知らん。マジで知らん……」

息子「だろうな。知らなくて良かったんだ。きっと」

息子「最初はお前を殺す計画だったんだ。色々と予定は狂ったがな」

剣士「色々……で済む話なのかねえ……まあいいけど」

息子「だが、これで魔王は私だ。私が治める、魔物の世が始まる」

剣士「……どうするつもりなんだ」

息子「どうもしない。ややこしい人間とも関わることなく、平穏に生きていく。そう、魔物を生かしていくつもりだ」

剣士「うはは……お前らしいねえ」

息子「うむ。そうだろう」

息子「それよりも……その腕、見せてみろ」

剣士「え……ああ、さっき暴れた時切れたのかね? 気付かなかったわ」

息子「戻って手当を受けてくれ。悪いな。人間を治す魔法など、覚えてはおらぬから」

剣士「覚えてくれてりゃ楽だったのによ……」

息子「仕方ないだろう」

息子「覚えたら……お前から離れられなくなると思ってな」

剣士「……え」

息子「ん?」

剣士「嫌だ! 嫌だからな! お前と一緒じゃなきゃ、絶対に嫌だからな!」

息子「それは……無理な相談だな」

息子「お前は人間で……私は魔物だ」

剣士「そんなこと、私は気にしな」

息子「気持ちの問題ではない。その事実がある限り、お前とは共に生きられない。それにお前には、帰る場所もがあちらにあるだろう」

剣士「で、でも……」

息子「……分かってくれ」

剣士「う……わ!?」

息子「私も、出来ればお前と共に生きていたい」

剣士「……あの」

剣士「苦しいし……ちょっと痛いんですけど……」

息子「空気を読めクズ。そう言うお前は汗臭いぞ」

剣士「てめぇ…………」

息子「だが……ずっと、こうしたかった……」

剣士「……うん」

息子「そうだ。いつぞやの約束を、覚えているか?」

剣士「え……?」

息子「『勝負に負けた奴は、勝った方の命令を何でも一つ聞く』」

剣士「し、したけど、それが何か」

息子「先程は騙し討ちとはいえ、私が勝った」

剣士「……」

息子「だから、一つだけ命令させろ」

剣士「何だよ……いきなり改まって」

息子「たった一つだけだ。お前のような単細胞に、難しい注文はしようとは一片たりとも思わない」

剣士「てめえ……」

息子「本当は、もっと色気のあることに使いたかったのだが……」

剣士「死ね」

息子「うむ。その減らず口が叩けるようであれば、まあ安心だな。一度しか言わぬから、よく聞けよ?」

息子「お前はここを出て、人の世で好きに生きろ」

息子「剣を捨てろとは言わない。だが、なるべく戦いとは無縁に生きてくれ」

息子「どこかに落ち着き、適当な伴侶でも見つけて、お前によく似た子でも産め」

息子「私の事など忘れて……人並みの人生を送り……そして死ね」

剣士「一つじゃ、ねえのかよ……」

息子「全て合わせて一つだ。分かったら粛々とこのように生き」

剣士「嫌だね!」

息子「……全く」

剣士「お前がどう言おうと絶対に嫌だ! だって……だって私はお前のこと」

息子「やめろ」

息子「お前がどう思っていようと……私がどう思っていようと……もう関係は無い」

剣士「……」

息子「私はお前に二度と会わない。会うつもりもない」

剣士「い、いやだ!」

息子「お前は先代魔王を討った人間だ。私が、現魔王がおいそれと許してはならぬ存在だろう」

剣士「え」

息子「父上の首をやる。持って行け」

剣士「ちょ……んなもん近付けんなっての」

息子「別にお前ならば慣れているだろう。このくらいのもの」

剣士「お前ムードとか色んなものをだな……いいのかよ」

息子「ああ。持ち帰り、人の世に示せ。平和が来たとな」

剣士「……違うよ」

剣士「お前がいなきゃ……私の世界は……全然平和なんかじゃない……」

息子「……」

剣士「ほんとに! どうしてもダメなの!? 一緒に生きちゃ……一緒にいちゃいけないの……!?」

息子「……お前はあちらに。私はこちらに居場所がある」

剣士「あっちなんかいらない! 私が欲しいのはお前だけなんだ!」

息子「ありがとう……」

息子「その言葉だけで……私は満足だ」

剣士「お前がそうでも私は……!」

息子「先程私が言った言葉、忘れるなよ」

剣士「ちょ、ちょっと、何を」

息子「私はここで死んだことにしておけ。お前の記憶を消してやれなくてすまんな。それだけは絶対に嫌なんだ」

剣士「だから! 嫌だって人の話を」

息子「元気でな。そして……そして、どうか」

息子「どうか、幸せに……」

剣士「!?」

兵1「剣士様ー! どこにいらっしゃいますかー!?」

兵2「もう日が暮れるぞ……補佐殿も見つからないままだし……」

兵1「ど、どうする? あの方々の手に負えないようなことが起こっているとしたら俺達に出来ることなんて……」

兵2「そうだとしても! お助けするしかないだろ!?」

兵1「とは言ってもこれだけ探して姿が見えないとなると…………!?」

兵2「け、剣士さ……!?」

剣士「……これ」

兵1「な、な……何ですかこの……魔物の首は」

兵2「剣士様が……倒されたのですか?」

剣士「……嫌かもしんねえけど……とりあえずこれ、持って行ってくれ」

兵1「は、はあ」

剣士「魔王」

兵2「は」

剣士「それ……魔王」

兵1・兵2「!?」

息子「……」

魔物「よーう。終わったか」

息子「……ああ」

魔物「ご苦労さま。ま、後の事は全部俺がやってやるよ」

息子「……」

魔物「魔物達に先代様が人間に討たれたこと。それに伴う代替わりがあること。全部伝えておく」

息子「それと」

魔物「討った人間を追うなだろ? 分かってるさ」

息子「……頼む」

魔物「まあ、何かと理由付けて言っておくさ。背いた者には……ってこともね」

息子「……」

魔物「お前はゆっくり休め」

息子「ああ……すまん、な」

魔物「気にすんなって。それより」

息子「何だ」

魔物「中々いい女なんじゃねえの? 人間はよくわかんねーけどな」

息子「……当然だ」

数ヵ月後─

「よーっす」

「うはは……どうよ。この墓」

「魔王と相討ちになった……英雄の墓にしちゃ、随分とちっせーもんだろ」

「だって大々的に作られちまうと、私が会いに来れないしさ」

「この場所は私と、他に数人しかしらないんだ」

「お前はここに眠っていないし……今頃まだぴんぴんしてるんだろうけどね」

「そういえばさ。何だよこりゃ」

「お前の部屋漁ったら、『持って行け』ってだけメモ書きして。言ってた土産のつもりか? お前にしちゃ気が利くじゃねえか」

「どうよ、似合う? お前がこれ、どんな顔して選んで買ったのかと思うと胸が熱くなるねー」

「ありがと」

「こんな服着たことあんまないし、ちょっと恥ずかしいけど……大事にするね」

「あ、そうそう。さっきも言ったけどさ、英雄はお前に譲るよ」

「教えてもらった名前が本当のものかは分かんないけど。お前の名前はずっと、人の世に残るよ」

「魔王にとっちゃ迷惑な話かもしれない。でもさ、じゃないと私は嫌なんだ」

「だって……私の大切な人、皆に知っていてもらいたいからね」

「ねえ……」

「私、もうちょっとだけ旅をしてみる」

「それから何にもすることがなくなったり、旅に飽きたらさ」

「この国に戻って来る」

「戻ってきて、って姫さんとか将軍さんに言われてさ」

「いい友達を持ったもんだよ。本当。お前のおかげだね。ありがとう」

「全部なくしちゃったけど……もう、何も持てないと思っていたけど……」

「私には居場所がある」

「だから……こっちで生きてみるよ」

「お前の命令は全部が全部守れるかは、ちょっと自信ないけど……」

「でも精一杯生きてみせる」

「幸せに……なってみせるよ」

「でもさ、ちょっと思うのよ」

「お前は二度と会わないとか言ってたけどさ」

「もし……もしだよ……」

「私が全部また失くして……帰る所も、居場所も、誰もいなくなったらさ……」

「そっちに行ってもいいかな?」

「迎え入れてくれるかな?」

「……家族になって……くれるかな?」

「それじゃあまたな。そろそろ行くわ」

「また会いに来るからさ。よろしくな」

「……」

「愛していた……いや」

「愛してるよ。ずっと……ずっとな」

将軍「見送りはしないのですか?」

姫「昨日したわ。次に会うのは、帰って来るときだって約束したもの」

将軍「……」

姫「貴方は行かないの? 今ならチャンスなんじゃないの?」

将軍「もう……諦めましたよ」

姫「そう……」

将軍「ところでこの手配書……如何致しましょう。この国に、何か書状をお出しになると言うのでしたら」

姫「放っておいて構わないでしょ」

将軍「そうですね」

姫「こんな手配書、誰が信じるものですか」

将軍「本当に……ご本人そのままですよ」

姫「こんなに綺麗な女性が人斬りの鬼だなんて、冗談にしか聞こえませんよ」

彼女と別れてからその後。彼は努めた。魔物の世を平和に導くために。

人との不必要な争いを避けるため、魔物を全て自身の手で管理した。

戦いに倦んでいなかった一部の魔物達を、残らず説き伏せ力を示し従えた。

全ての魔物のために、彼は魔王を務めた。

そして気付けば、一人の人間が天寿を全うするには、十分すぎるほどの時間が経っていた。

彼女の消息など、少し調べればすぐに分かったことだろう。

だが、彼は決してそれをしようとはしなかった。

彼女のことを忘れてしまったかのように、変わりのない日々を送り続けた。

彼女への思いを棄ててしまったかのように、生き続けた。

彼が魔王になった以前と以降。彼の内には何の変化も見られない。そう思われた。

しかし実際はまるで違っていた。

彼は願うことを始めていた。それ以降ずっと続けていた。

彼女がずっと穏やかで安らいだ、幸せな人生を送ることを。そのような人生を全うしたことを、願い続けることだけを選んだ。

自身の命が終わるその時まで、彼女への思いを抱いているのだと決めた。

最早終わってしまったであろう願いだと言うのに、彼はそうして生きてきた。

幸せだった。

満たされていた。

彼は幸せだった。

彼女の幸せを思い生きるだけで、彼は幸せに生きることが出来た。

これ以上に望む物は、彼にとってありえなかった。

彼の人生はずっとずっと永久に変わることなく、こうした幸福を抱えて生きていくのだと。そんな予感を抱いていた。

「ふ…………ぁあ」

「…………ゆめ?」

「へんな……ゆめ」

「だったきがする……」

「どんなゆめだったんだろ」

「うーん……わかんないなあ」

「でも……なんだか、たのしいみたいな」

「かなしいみたいな……そんなゆめ」

「おきてるより…………ゆめのほうが……いいな」

「…………」

彼女の魂が何の間違いで、何もかもを失くして、あらゆる幸福から遠ざけられて。

再び自身と出会うことがあったのならば。

出会い、惹かれ合い、万一共に生きることが叶ったならば。

自身の手で、守ってやろうと。

今度こそ、謀ることなく幸せにしてやるのだと。

そんな儚い願いを抱いてもいいのではないかと、彼は思い始めていた。

ただ、思うだけであった。

側近「さーてと。そろそろ魔王らしい仕事でもやってみようか」

魔王「……はあ?」

側近「若い世代が何か不満持ってるらしいんだよねー。『今の魔王様は人間すら潰す気の無い腑抜けだ』って」

魔王「実際潰す気など毛頭無いのだが」

側近「知ってるっつーの。お前が気乗りするはずねえよなあ」

魔王「……」

側近「んでも何かこう、魔王っぽいことをやって下さいよ魔王様。あんたはそれが仕事なんですから」

魔王「聞こえぬ聞こえぬ」

側近「呑気に飯なんか食ってないでさ。大体最近落ち着いたからって仕事サボってばっかだろ。働かねえで食う飯はそんなうまいか?」

魔王「はあ……今日も平和だな。飯がうまい」

側近「なあお前。下剋上って知ってるか?」

これは魔王を討った勇猛なる戦士の物語でも、世界を脅かす魔王の物語でもありえない。

ただ彼と彼女が出会い惹かれ合い、そして叶うことのなかった恋の物語。

たったそれだけの、どこかに続く昔語り。

【魔王「どうか、幸せに」・終】