息子「第一、強いといってもお前はどこの者とも知れぬ馬の骨だ。そのようなものを一国の重鎮が深追いする訳が無いだろう」
剣士「その重鎮を倒しちまったんだぜ? あっちにも面子ってもんが」
息子「その勝負の行方を知っているのは誰だ?」
剣士「あ…………そういや他に誰もいねえわ」
息子「どうせお前も偽名を使ったんだろう? 辿り着けるわけがない」
剣士「あ」
剣士「……偽名、使った」
息子「だろう」
剣士「お前の……考えたやつ」
息子「……」
剣士「だって咄嗟に思い付かなかったんだよ!!」
息子「はあ……まあ、まだ宿の場所を知らせてはおらぬし」
剣士「それなら闘技場に出る前に、ついでに知らせて来た」
息子「ははは」
剣士「うはは」
息子「お尋ね者としても不適合者か貴様は!? それでは身元が割れたも同然だろう!?」
剣士「痛い痛い殴るな! 第一、それはそっちの方が健全なんじゃあ……」
息子「待てよ、そういえばこの宿主が貴様のことを喋っていたな……」
剣士「あ、何か将軍倒したってまでは広まってないみたいだけど、バカ強い剣士がいるってのは噂が徐々に」
息子「またこのパターンか……っ!!」
剣士「いやー、なんかお前と旅するようになってややこしい事が多く起こってる気がするねー」
息子「貴様が元凶だろう貴様が!!」
剣士「まあ……朝一で宿を変われば……いやでも『ここにいる』ってことはもうバレてんだし……うぐぐー……」
息子「仕方ない……明日その将軍に会いに行くぞ」
剣士「ちょ!?あれだけ怒ってて何でそんな結論になるんだよ!」
息子「いいか、お前は特に問題を起こしていない。まだな」
剣士「起こす予定もねえよ!」
息子「ならば堂々としていろ。下手に逃げれば疑われる」
剣士「一回もう逃げちゃったんだけど……」
息子「急なことで混乱していたとでも言っておけ」
剣士「く、苦しいなあ。まあ……了解」
息子「しかしこれで、この国の中心と少しでも繋がりが出来たということか……?お前の悪運には、ほとほと頭が下がるな」
剣士「え、ほんと?いやあ照れるなあ」
息子「……では、飯でも食いに行くか」
剣士「待ってました! ……でも外出て大丈夫かなあ?」
息子「何度も言うが、犯罪者ではないのだ。ビクビクする必要はない」
剣士「そ、そうだよな」
別の料理屋─
剣士「どーよ」
息子「……悪くはないな」
剣士「良かった良かった。まあ店を自分で探しにくくなっちまったから、宿のおっちゃんに聞いた店なんだけどさ」
息子「別に構わんだろう」
剣士「良かねえよ。自分で見つけて相棒に食わすから意味があるんだろー?」
息子「さあ……よくは分からんが」
剣士「ちっ。まあいいや! とりあえず支払いなら気にせずドンドン食え! な!」
息子「小金を手にして気が大きくなりおって……まあいい」
剣士「でもさー」
息子「何だ」
剣士「明らかにこっち見てる客多いよなー」
息子「店員もな」
剣士「おっかしいなあ……目立たないように、賞金抱えて一目散に宿へ戻ったってのに」
息子「それは確実に目立っただろうな」
剣士「そうかあ?」
剣士「ってかお前飯食ったら何か落ち着いてきたな。腹減って怒りっぽくなってたのか? ダメだぞー、ちゃんと食わねえと。ほらほら食え食えー」
息子「やめろ……単に、お前がこういう人間である以上、私が平静でいなければと思っただけだ」
剣士「ふーん。あ、これウマいぞ。どんどん食え」
息子「勝手に皿に盛るな。お前は親か。まあ……食うが」
剣士「うはは! まあ相棒を頼りにしてるからこちとら勝手に突っ走れるんだぜ!」
息子「ははは」
剣士「痛い痛い! フォークは武器じゃありません!!」
剣士「ふー……でもお前何だかんだで結構食ったじゃねえか」
息子「お前には負けるがな。何故そこまで食うんだお前は」
剣士「軽い運動したら腹減るじゃん」
息子「十人抜きが軽い運動か……まあいい。とっとと払って帰るぞ」
剣士「これからが本番だろ!? まだ飲み足んねえよ!!」
息子「明日、酒臭いままで、国の要人に面会を求める気か?」
剣士「……会いに行って、会えるかどうかも分からんのに」
息子「それはそうだが、備えるに越したことはない。我慢しろ」
剣士「く……そぅ」
息子「息絶えるな面倒臭い」
剣士「仕方ねえ……んじゃまあ全部で幾らかな……っと」
息子「待て」
剣士「ん? 何だよ」
息子「ここも私が払う」
剣士「え? いいっていいって。たまには払わせろって」
息子「だからお前に払わせると、こう……いいから奢らせろ」
剣士「うーん、わーったよ。じゃ、御馳走さま」
息子「ああ」
剣士「じゃあ宿代だけでも払うわ」
息子「いや。それも私が払う」
剣士「お前……そんなに財布になるのが快感だったなんて」
息子「違う。その金で、もう少しマシな恰好をしろと言っている」
剣士「えー?」
剣士「何か問題あるか?」
息子「大ありだ。前から言おうと思っていたがな、旅人と言うより、落ち延びた何かにしか見えん。みすぼらしいにも程がある」
剣士「だって金が無いんだもんよ。服とか買ってる余裕なんか」
息子「だから、その金を使えと言っている。衣食住のうち二つは保障してやるがな、残る一つくらいは何とかしろ」
剣士「うーん……この金でねえ」
息子「そうだ。その金で」
剣士「こんだけあれば、もうちょい丈夫な剣が買えるな!」
息子「今から見繕いに行くぞ!」
息子「まあ、こんなものでいいだろう」
剣士「…………服って、高いんだな」
息子「公の場に出ても困らない程度の装いといえば、これで最小限だ」
剣士「くっ……こんな面倒なことにならなきゃ、布切れなんかに金なんか出さねえってのに……!」
息子「面倒の原因は、その金だと思うのだがな。第一、少しは身なりに気を使え」
剣士「小奇麗にしたって腹が膨れるもんか!」
息子「小奇麗でなければ、飯にありつけぬ場合というものは、世の中には多々あってな」
宿―
息子「……」
剣士「っでさー、六人目に出てきたのが、これがまたグラマーな姉ちゃんでさあ」
息子「……ああ」
剣士「うわあ……って見てたら針だの鎌だの何だの飛んでくるんだもんよー、あれにはちぃっとばかし参ったわ」
息子「お前は……中年か」
剣士「やっだなあ見ての通りまだまだ若いんだぞ! いいなーって憧れ抱いたっていいだろ!」
息子「お前には決して手に入らん物だと思うぞ」
剣士「分からねえだろそんなことは! 万が一があんだろ万が一が!」
剣士「でもまあ余裕で避けて余裕の勝利でしたとさー」
息子「手加減はしたのか」
剣士「女でも容赦しねえ主義なんでね。手加減すると、変に恨み買いそうだから。んでも下手な傷は付けなかったからな! 褒めろ!」
息子「お前はそういう奴だろうと思ったわ……ところで」
剣士「何?」
息子「いい加減、部屋に戻ったらどうだ?」
剣士「……まだいいだろ」
息子「そろそろ夜も遅い。寝かせろ。出ていけ」
剣士「うあああああ! 頼むから! 頼むから今夜はこっちに置いてくれよぉぉおおおお!」
息子「喧しい! 夜中だぞ今は!」
剣士「お前も人のこと言えた義理か!」
剣士「ま、万が一寝込みを襲われたら困るだろうが!」
息子「野宿ですら安眠しておった貴様が何を言うか」
剣士「そうだけどよー……何か具体的にお縄の危機をうっすら感じちまうと寝付きが悪そうでさあ」
息子「規律の取れた兵卒共が何人お前の寝込みを襲ったところで、掠り傷を幾つか与える程度が関の山だろうよ」
剣士「つべこべ言うな! 決めたからな! 今夜はここで寝るぞ!」
息子「……寝台はやらんぞ」
剣士「え?ここの床広いじゃん」
息子「ちっ……早く死なぬものかな……この社会不適合者は……」
剣士「どうしようエライ言われようだ」
息子「はあ……」
息子「分かった。部屋を取り替えよう。それで文句は無いだろう?」
剣士「へ?」
息子「宿主はお互いにどちらの部屋を使うか言ってあるだろう。賊だか軍だかがやって来た所で、部屋を替えておけば先に訪れるのは隣の、お前が眠るはずであった部屋だ」
剣士「そ、そりゃそうかもしんねーけど……その場合お前が危なくね?」
息子「来る可能性は非常に低い。来たところで、私がそのような者達に後れを取るはずがないだろう」
剣士「そういえばお前も結構強いんだよな……あんまり闘わねえから忘れてたわ」
息子「お前が無闇に剣を抜くから、私の出る幕が無いのだろうが」
息子「そういう訳だ。私は向こうで寝るぞ」
剣士「お、おう。ありがとな!」
息子「……早く休め」
剣士「分かったよ。お休み!」
息子「……」
パタン
剣士「いやあ……よく分かんねえ奴だよなあ」
剣士「まあいっか。ややこしいことになって怒るかと思ったけど、案外普通だったし」
剣士「しっかしあいつ……見ず知らずの人間を有名にしてやるとか何を考えてるのかねえ……どうやら本気みたいだし」
剣士「今が楽しいから別に良いんだがな……興味本意でも、何か企みがあってもどうでもいい」
剣士「こんな命でもよ……お前が使いたいんなら、好きに使えばいいよ」
剣士「そうすりゃ少しはいい人生」
バァアアアアンッ!!
息子「きっ、貴様ぁぁぁぁああああああっ!!」
剣士「うわあ!?」
息子「何だあの部屋は!?」
剣士「へ……部屋ぁ?」
剣士「何かあったっけか?」
息子「何だあの散らかり様は! 食い物や着替えやら何やらあちこちに……!」
剣士「おいおいそれだけかよ。お前どうせ寝るだけなんだし、んなもん横に避けといてくれりゃ」
息子「今すぐに片付けて来い!」
剣士「……へーい」
剣士「おーい! 片したぞ!」
息子「どれ……まあ、いいだろう」
剣士「しっかしお前変なところで潔癖症だな」
息子「あの状態で寝ろと言う、お前の方がどうかしているだろう……では、今度こそ寝る」
剣士「はいはいお休みー」
息子「……ああ」
剣士「うーん」
剣士「気にするような奴だったとは」
剣士「……」
剣士「うはは……変なのー」
次の日一
息子「……うむ」
息子「久しぶりによく寝た気がするな」
息子「しかし未だ飛び込んで来ないところを見ると、あいつはまだ寝ているのか?」
息子「あれだけごねておいて……」
息子「はあ……面倒だが起こしに行かねば。全く……」
ガチャ
息子「む」
宿主「お、っと……すまんすまん!」
息子「……何か用だろうか?」
宿主「あ、あれ、剣士さんは」
息子「隣だ。部屋を交換した」
宿主「なんだ……」
息子「……」
宿主「しかし、部屋に何か不都合でもあったかい?」
息子「いや、特に。それより」
宿主「ああそうそう。急ぎみたいだし、この際あんたでも構わないかな。ちょっと降りてきてくれ」
息子「……?」