姫「どうぞ剣士様」
剣士「あ、こりゃどうも……はあ」
姫「如何でしょう?」
剣士「いやまあ。うまいですけど」
姫「良かったですわ」
剣士「うーん」
剣士「何で姫さんの部屋で茶を飲むことに?」
姫「あら、私も公務が一息ついたところで」
剣士「暇潰しに、と」
姫「構いませんでしょう? 剣士様もお暇なんですし」
剣士「まあ、美味い菓子が食えるのはありがたいけどね」
姫「どうぞ遠慮なく召し上がって下さいね」
剣士「言われなくても!」
姫「ところで剣士様。城中、剣士様の噂でもちきりのようですわよ」
剣士「そりゃそうでしょうよ。一国の主がどこの骨とも分かんねーようなゴロツキを雇い入れちゃったんだから」
姫「いえ、剣士様のその強さと、人柄に惹かれる者が多いようで」
剣士「ドン“引かれる”?」
姫「“引きつけられる”ですわ」
剣士「うはは、面白い冗談っすね。相棒が聞いたら鼻で笑うなあ……」
姫「私が聞いたのはメイド達の話ですが……皆剣士様を気にかけておりましたわよ? いい意味で」
剣士「何なの、それどういう感じに。詳しく」
姫「気さくな方だとか、重い荷を代わりに持って頂いたとか。大体そんな良い印象を皆持っているようですわねえ」
剣士「えええ……日も浅いんだし、普通良く分かんねえもんだろうに。他には何かあった?」
姫「まあ、後は…………」
息子の部屋─
息子「はあ……」
息子「ふむ。人間の書物も、中々の暇潰しにはなるのだな」
息子「しかし読み終わってしまえば……暇だ」
息子「仕方ない。あいつで暇を潰すか」
息子「言葉の通りであれば今頃寝ているだろうし……さてと何で殴り起こしてやろうか」
コンコン
息子「おい」
コンコン
息子「私だ。入ってもいいか?」
コンコン
息子「寝ているのか?」
息子「よし……なら良いな。良いよな。入るぞ……む?」
息子「何だ、この手紙の束は……」
息子「扉の下に、山と……気付かず踏むところだった」
息子「借金の督促状か何かだろうか。ふむ一つ」
息子「…………」
息子「…………」
息子「よし。殺そう」
姫の部屋─
剣士「えー、そりゃねえよ」
姫「まあ。御謙遜を」
剣士「だって今までそんな浮いた話、全然縁が無かったんだもんよー」
姫「それはきっと、剣士様が気付いていなかっただけのことですわ」
剣士「そんなもんかねえ」
姫「そのようなものです。だから剣士様、どうか」
ドンドンガチャッ
息子「失礼する」
剣士「お、またこのパターンでっっぎゃああああ!?」
息子「死ね」
姫「あらまあ」
剣士「な、な、な!? 何でいきなり斬りかかってきやがるんだ!?」
息子「お前が恵まれるなど、どう考えたところで決して許されないことだ」
剣士「いつどうやって恵まれた!? あ! 午後のひと時を美人と一緒できるっつーこれか!?」
姫「まあ……剣士様ったらお上手なんですから」
剣士「えー、マジだって。姫さんレベルの美人って今まで見たことねえもん」
姫「ふふ……そう仰られると、途端に嘘っぽくなりますわよ」
剣士「おっとー、女性の口説き方はまだまだってことかあ」
息子「よし分かった死ね」
剣士「だから! さっきからお前は何なんだ!?」
剣士「いきなり出て来て何キレてやがるんだ! 何かやったか!?」
息子「これを見ろ。全てお前宛だ」
剣士「ああ? 手紙ぃ?」
姫「あら、まあ」
剣士「何々……うへあ」
息子「分かったか。つまり死ね」
剣士「事情は把握したが理由が分からん!」
剣士「こ、こ、こ……恋文貰ったからって相棒のお前に何かデメリットでもあるのか!?」
息子「ある」
剣士「どういう」
息子「だから……お前に幸せなど……ただ単に腹立たしい! 精神的に害がある!!」
剣士「とんだ我が儘だった!! ってちょ、返せ!」
息子「ふん。このようなもの……!」
剣士「あー!?」
姫「あら」
姫「魔法を使うとのことでしたねえ。そういえば」
息子「まあな。これくらい朝飯前だ」
剣士「は、は、灰ぃぃいいいいいい!?」
息子「紙は燃やせば灰になるだろう。何を驚いているんだお前は」
剣士「お前の奇行にキレてんだよボケが!!」
剣士「折角! 春が来るかもしれなかったのに! なんてことしてくれたんだお前は!!」
息子「待て待て。それはお前の勘違いだ」
剣士「何がだ! 一応申し開きを聞いてやろうか!」
息子「お前のような社会不適合者に……異性とまともな付き合いが出来るわけがないだろう」
剣士「優しく諭してんじゃねえよ性格破綻根暗!! ぶっ殺す!!」
姫「まあまあ剣士様」
姫「お連れ様も決して悪意があってのことではないでしょうし」
剣士「あんた今何を見てたんだ!?」
姫「一部始終をこの目でしかと……ふふ」
剣士「やだもうこの人……適当なことばっかり言うんだから……」
姫「でも、先程のお話、信じて頂けましたでしょう? 城で剣士様は評判だって」
剣士「い……いやまあ……そうかも知れねえけど」
息子「ほう……?」
息子「貴様、私を差し置き幸福を手に入れようと言うのか……? これはもうますます生かしてはおけんな」
剣士「殺気立つな! キモいわ!!」
姫「仲がよろしいのですわねえ」
剣士「勘弁してくれ!!」
姫「ふふ」
姫「でも……案外、剣士様の春はもっと身近な所に転がっているかもしれませんわよ」
剣士「へ? それどういう意味?」
姫「い、嫌ですわね……そのようなことを、乙女の口から直接言わせる気ですの……?」
剣士「はい? 何であんた照れて」
息子「行くぞ!!」
剣士「え、ちょ、お前どこに!?」
姫「はい。御機嫌ようー」
姫「……本当に……まどろっこしい方ですわねえ」
数日後─
剣士「ふーい。今日の鍛錬終了ー」
息子「馬鹿の一つ覚えのように、同じ鍛錬だけを兵にさせているな」
剣士「こういうのは基礎が大事なんだよ。いざって時があれば」
息子「お前が出る、と」
剣士「そーそー。あと将軍さんも、お前もいるしね。大概のことには対処できるわ」
息子「ま、そういうことにしておくか」
剣士「さーて、今日の飯はどこで食おうかね」
息子「勧められたものの、まだ回っていない飯屋はないのか?」
剣士「ありすぎて困ってんだよ。お前何か食いたいものある?」
息子「酒」
剣士「昼間っから! うはは! たまにはいいかもねえ!」
剣士「しっかしこの生活にも慣れて来たなあ」
息子「全くな」
剣士「相変わらず、仕事っつったら兵の鍛錬とたまーの見回りと姫さんの相手とか」
息子「……平和なものだな」
剣士「お前は相変わらず将軍さんと仲悪いし」
息子「当たり前だろう」
剣士「え、そんな溝深いの? 何があったんだほんと」
剣士「まあいっか。いい暮らしさせてもらってるよ本当」
息子「気楽でいいしな。ここに来たのは、正解だったかもしれんな」
剣士「正解だろー。平和な暮らしに美味い飯、そんでもって気の合う相棒」
息子「……はあ」
剣士「うわあい安定の気の無い返事!」
剣士「でもなあ……お前の事は相棒とか、いっそもう親友だと思ってんだよね」
息子「……そうか。良かったな」
剣士「お前はどう? この頼りがいのある相棒様の事は」
息子「飼育対象」
剣士「うはは! ぶっころー!!」
息子(しかしまあ……確かに良い暮らしかもしれんな。何に気兼ねすること無く続く怠惰な、変化に乏しい日々)
息子(『友』、か……)
息子(それはそれで、良いものかも知れぬな……)
息子(大本を忘れてしまえば、だが)
息子(……結論を出すにはまだ早い)
息子(時間はまだ、たっぷりあるんだ……きっと)
魔王城─
魔王「機は、熟さぬか」
魔王「ふむ」
魔王「そろそろ頃合いかも知れぬ……と」
魔王「分かるか? 一つはそのような理由だ」
魔王「そうか……ふ……はは」
魔王「では……よろしく、死んでくれ」
さらに数日後─
息子「おい」
剣士「お、丁度良かった。これから朝の鍛錬だけどお前も」
息子「私はパスだ」
剣士「え? 何で?」
息子「用事がある」
剣士「ええー……?」
剣士「お前が外に用事? また調べものとかか?」
息子「いや、人に会いに行く」
剣士「まさか……女じゃねえだろうな!?」
息子「そうだと言ったら?」
剣士「紹介しろ!」
息子「するわけがないだろう」
息子「それと悪いが男だ。紹介もできん」
剣士「へー、お前にも他に人付き合いの当てがあったとはねえ」
息子「ははは。貴様には言われたくない言葉だな」
剣士「我ながらそりゃ全くだと思うわ。遠くに行くのか? いつぞや言ってた友人?」
息子「ああ。今日は戻らぬかもしれぬ」
剣士「わーったよ。まあお前は仕事って特にねえだろうし。こっちから将軍さんとかに言っておいてやるよ」
息子「では、頼んだ」
剣士「その代わりと言っちゃなんだが……」
息子「む?」
剣士「土産期待してるぜ!」
息子「分かった」
剣士「何、だと……!?」
息子「なに、お前には過ぎた用途の無い崇高な物を敢えて渡し、うろたえるお前を見てみたいだけだ」
剣士「何その手間暇財力掛った嫌がらせ」
息子「ふはは。期待していろ。惨めなお前の姿が目に浮かぶようだ」
剣士「お……おう……期待しておいてやるわ」
息子「では何だその目は」
剣士「いや……可哀想だなあって思って……」
剣士「んじゃまあ行ってらっしゃーい」
息子「ああ。せいぜい大人しくしていろよ」
剣士「わーってるって。どうせやることなんか何もねえだろうし」
息子「まあな。では、行ってくる」
剣士「へいへい。気ぃ付けろよー」