剣士「鍛錬って……お前は特に仕事与えられてねえじゃん。暇してればいいのに」
息子「まあ、私の分までお前が蟻のように働き死ねばいいとは思うのだが」
剣士「てめぇ……」
息子「体が鈍るといかんのでな。たまには相手をさせようかと」
剣士「他の奴に頼めよ。ここにはいっぱいいるだろ」
息子「有象無象に、私の相手が務まるわけがなかろう」
剣士「へいへい、そうっすか」
剣士「ま、実を言うと願ったり叶ったりだったりするんだわ。これが」
息子「ほう……?」
剣士「魔法と剣の両方が十分に使える奴って、お前以外にあんまり出会ったことねえんだよね」
息子「まあ、そうだろうな」
剣士「それなのにお前と手合わせしたのは一回きり。いつかちゃんと手合わせして……」
息子「決着を付けてしまいたかった、と」
剣士「ご明察!」
剣士「さすがは相棒だな!」
息子「ほざけ。だがいい機会だ。軽い運動ついでに、どちらが上かはっきりさせようではないか」
剣士「決まったらどうする?」
息子「そうだな……負けた方は勝った方の命令に、何でも一つ従う、と」
剣士「いいねいいねえ! ありきたりだが大歓迎だぜ!! んじゃあまあ行くぜ相棒とっとと死ね!!」
息子「望むところだ」
将軍「はあ……」
将軍「剣士殿はどうして……ああなのだろうか……」
将軍「姫様は面白がっていらっしゃるようだが……」
将軍「一体どうすれば……はあ……」
将軍「……うん? 何か向こうが騒がしいな……」
兵1「おいおい……何だよこいつらの動き……本当に人間かあ……?」
兵2「片方はあれだろ、さっき何十人かを一度にノシたっていう」
兵1「噂の剣士様だろ……それは分かるんだがもう一方も」
兵2「……それと同レベルとはどういうことだろうな」
将軍「……何だ、これは」
兵1「しょ、将軍様!?」
将軍「何の騒ぎだ……まあ、見れば分かるのだがな」
兵2「ええ……どういうことなんですか。こんな奴……方々が急に現れるなんて」
将軍「姫様が直々に見出し、雇い入れた方々だ。無礼の無いようにな」
兵1「はっ!」
兵2「しかし……姫様……一体どこで見つけたんでしょうか」
将軍「そ、その辺りは機密事項だ。だが、実力も人柄も申し分ないと、私が保障しよう」
兵1・2「……」
将軍「何だその目は……」
剣士「死ね! 死ね! とっとと死ね!!」
息子「これ、くらいの、攻撃で、死ねるわけが……ないだろう!!」
剣士「うっせーバーカ! 息上がってんじゃねえのか年寄り! とっとと這い蹲って土でも舐めてろ!! ぐりぐりと頭を誠心誠意踏んでやるから!!」
息子「貴様こそ×××で、×××! どうせ、××××××なんだろうが!!」
剣士「くっ、くたばりやがれクズ野郎!!!!!」
兵1「人柄……申し分無いですかね?」
兵2「実力はまあ、見れば分かりますけれど」
将軍「剣士殿……」
兵1「あ、二人とも少しずつ動きが鈍くなってきましたね」
兵2「そりゃ陽が高い内からやってるんだ。そろそろ体力切れねえと、本物の化物だ」
将軍「……と、とりあえずお前たちは持ち場に戻れ。他の者達も同じだ!」
剣士「ぐ……ぐ……う」
息子「……ちっ……また、引き分けか」
剣士「ってか……勝負付くのかなあこれ」
息子「何とも言えんな」
剣士「……まあいいや、さっきの約束、しばらく継続ってことで」
息子「……そうするか」
将軍「何をしていらっしゃるのですか……」
剣士「あ、どうも将軍さん」
息子「見れば分かるだろう。単なる軽い運動だ」
将軍「……あの死闘が、ですか」
剣士「こいつがどうしてもって言うからさあ。良ければ将軍さんとも手合わせするよ?」
将軍「え」
剣士「リベンジしたいんだろ? いつでも受けて立つぜ!」
将軍「あ……ありがとうございます」
息子「……」
息子「……再びこいつに負けたとあれば、貴殿の面子が立たぬのでは?」
剣士「ちょ!?」
将軍「まあその通りですね。剣士殿に私が負けたと知っているのは、今はまだ姫様と貴方がたのみですし」
息子「今度こそ、城の中で負けてしまえば……知らぬ者はいなくなろうよ」
将軍「そうならないように剣士殿の戦うお姿を拝見し、こちらも負けじと鍛錬を積みますよ」
息子「……ふん」
剣士「何でお前喧嘩腰なの。何かあったのか?」
将軍「いえ。お気になさらず。ところで剣士殿、これから何かご予定でも?」
剣士「ああ? 姫さんが呼んでるとか?」
将軍「い、いえ! そういうわけでは無いのですが……お時間はありますかと」
剣士「ああ、無理。ごめん。こいつと飯に行く時間だから」
将軍「……そうですか」
剣士「急ぎの用事とかなら、ちょっとくらいなら時間は取れるぜ? なあ相棒」
息子「…………」
剣士「何で睨むんだよ」
将軍「いえ。また次の機会で構いません。それほど重要なものでも……ありませんし」
剣士「そう? んじゃまあ、またなー」
息子「失礼する」
将軍「……」
剣士「うはー……でもやっぱり……腹減ったー……」
息子「右に同じ」
剣士「今日は何食いに行こうか」
息子「酒」
剣士「いいけど、何でお前目据わってんの」
将軍「…………」
将軍「色々な意味で……精進あるのみか」
将軍「……どうやら先は長いようだが」
将軍「はあ……」
夜─
剣士「ふー。とりあえず今日のところはお疲れさん」
息子「ああ……」
剣士「つってもお前は特に何もやってないんだけどな! さあ敬え! 労働者に感謝を示せ!」
息子「分かったから……とっとと自分の部屋に帰れ」
剣士「いいじゃねえか、まだ夜も浅いんだ」
剣士「第一、広くて豪華な部屋に一人って落ち着かなくね?」
息子「貧乏人が」
剣士「ちっげーよ。もし襲われたらどう立ち回り演じるかって脳内シミュレーションを延々とだな」
息子「病人か。頭の」
剣士「つまりまあしばらくこっちで暇を潰す!」
息子「人の話を聞け」
剣士「だってまだ飲み足りねえだろ。何のために酒買い込んできたんだよ」
息子「お前が物欲しそうな目をして商店の前を動かなかったからだ。そのような安酒、私はいらん。全てくれてやるから出ていけ」
剣士「金を出したのも、大半抱えて運んで来たのも例のごとくお前だろー。お前が飲まなくてどうすんだ」
息子「だからお前に持たせると外聞が……はあ」
剣士「変な奴ー」
剣士「まあまあ一本いっちまえ。こういうのは値段より度数と量だろ」
息子「頭の悪い酒の嗜み方だな」
剣士「お前昨日の飲みっぷりはかなりのものだったぞ」
息子「……まあ、少しくらいなら」
剣士「よく言った! ほらほら好きなの選べ」
息子「グラスは」
剣士「んなまどろっこしい物いるかよ」
息子「……はあ」
剣士「んじゃまあ二次会に乾杯ー」
息子「乾杯」
剣士「おっと案外素直じゃねえか」
息子「たまには、な」
剣士「よしよし、その調子で従順にデレろよ。扱いやすいから」
息子「やめろ触るな気色悪い。貴様をまともに相手にするのが疲れてきただけだ」
剣士「遠ざかった……だと?」
剣士「いいもんねー、お前より先に姫さんとか将軍さんとの仲を縮めてやる」
息子「……縮めて嬉しいのか、お前」
剣士「い、いやまあ姫さんはちょっと怖いし、将軍さんは何かよく分かんねえし」
息子「そうか……分からんか」
剣士「あんな人負かしちまった手前、どんな顔して接していいのかなあ」
息子「それでいいだろうよ」
剣士「でもあの姫さん、結構すげーみたいだな」
息子「何がだ」
剣士「先代の国王……親父さんが何年か前に早死にしちまったんだってよ。それからずっとあの若さで国を治めているらしい」
息子「……」
剣士「耳が痛い?」
息子「売り飛ばすぞ」
剣士「ぎゃー」
剣士「いやでも体張って頑張ってて偉いよなあ」
息子「王族の何が偉いものか。世襲に甘え、政策のほとんどは下任せ。自分は安全な場所から高みの見物で……敬われるだけの器量の有無も関係なく、取り替えがいくらでも利く地位の何が偉いか……」
剣士「へいへい。お前も大変ね」
息子「……何がだ」
剣士「別にー」
息子「そう言うお前も……腕、見せてみろ」
剣士「ああ?この前の怪我ならもう大分塞がってきたぜ。ほれ」
息子「それでも痕は残るだろう。お前の方がよっぽど体を張っている」
剣士「そうかなあ」
息子「負わずに済んだ怪我とはいえな」
剣士「うはは!そりゃそうだ!」
剣士「んでも傷痕なんか特に珍しいもんじゃねえって。ほれ」
息子「!?」
剣士「自分じゃ見えないけど、背中にデカイ刀傷があるし」
息子「……」
剣士「あ、前も見るか? 腹に浅い刺し傷で右胸の辺りに」
息子「やめろ」
剣士「あ、お前グロいの無理?」
息子「そういうことにしておけ……早く服を着ろ」
剣士「へいへーい」
息子「……何故、そのような傷を負った」
剣士「そりゃまあ、最初から強かったわけじゃねえしな」
剣士「色々運が良くて生き延びて、気付いたらこんな風に生きてるってわけよ」
息子「難儀なことだな」
剣士「全くだ!」
息子「……そう言う割には、随分と嬉しそうだが」
剣士「ある程度現状に満足していますし?」
息子「ほう」
剣士「もうねー、死なない程度に生きればいいかなーっと」
息子「志が低すぎるぞ貴様」
剣士「いやだって。これはこれで良待遇かもしれんと思ってしまえば」
息子「まあ、一見するとな」
剣士「適当に言われたことやってりゃ、寝床は確保されてるし、お前とぐだぐだできるし」
息子「……言うことなしだと?」
剣士「おう」
剣士「まあ今後何命令されるか分かったもんじゃねえけどなー」
息子「……分かっているではないか」
剣士「最悪逃げるさ。お前もついてくるよな?」
息子「私だけ残っても仕方がないだろう」
剣士「だよなー相棒。一蓮托生だぜー」
息子「何故お前なんぞを捕まえてしまったのか……」
剣士「でも一応漠然とした人生設計ってか、夢みたいなもんはあるんだぜ?」
息子「一発鉱山でも当てるといった?」
剣士「何で博打なんだよ。そうじゃなくて、もっとこー……笑うなよ?」
息子「保障は出来ぬ上、その前振りだと九割方失笑物だろうな」
剣士「ああうん。お前はそういう奴だよ!」
息子「いいから言え。どうせ酒が回っているんだ。羞恥も何もないだろう」
剣士「ちっ……何でこんなの捕まえちまったんだろう……」