息子「ただ、城に向かうその前に……お前にはやってもらわねばならない、重要な仕事が一つある」
魔物「な、何だよ改まって」
息子「明日の朝から昼にかけて、人間がここにやって来る」
魔物「おお、そいつを殺せばいいんだな?いつものことじゃねえか」
息子「逆だ」
魔物「ああ?」
息子「その人間と戦い、負けてもらいたい」
魔物「はああ?!」
魔物「ちょっと待て!どういうことだそれは?!」
息子「いや、何も殺されろと言っているのではない。適度に負け、逃げてくれればいい」
魔物「理由の説明になってねえよ!ってか、人間に負けるなんざフリでも嫌だね!!!」
息子「お前もこの地は飽きたのだろう。負けてくれれば、この地での任は晴れて免除となるぞ」
魔物「それでも次の勤務先がお前のとこじゃなあ……」
息子「頼む」
魔物「……」
息子「お前にしか頼めないことなんだ」
魔物「……お前が頭を下げるなんてねえ。目的は何だ?」
息子「強いて言えば……『平和』のため、だな」
魔物「へっ……魔王陛下のご子息ともあろう方が、妙な言葉を吐きやがる」
息子「どうだ、引き受けてくれるか」
魔物「へいへい、わーったよ。何か面白そうだし、付き合ってやるよ」
息子「感謝する」
魔物「やめろ、気色悪い」
魔物「で、その人間ってのはどんな奴なんだよ。誰彼かまわず負けろってんじゃねえんだろ?」
息子「私が側にいるだろうから、標的は一目で分かるはずだ」
魔物「まさか、昨日からお前に付いてる臭いの……?」
息子「ああ。しばらくそいつと旅をすることとなった」
魔物「えーっと……殴っていいか?」
息子「後日説明してやるから、拳を収めろ。これから明日の打ち合わせをするぞ」
魔物「釈然としねえが……了解」
息子「では、そろそろ戻る。明日は頼んだぞ」
魔物「へいへい。せいぜい無様に負けてやりますよ」
息子「なるべく怪我の無いようにな」
魔物「わざと負けるとはいえ、俺が人間に後れを取るとでも?」
息子「……まあ、明日になれば分かるだろう。では、また」
魔物「ああ。またな」
宿─
コンコン
息子「……入るぞ」
剣士「よーっすお帰り!」
息子「ほう」
剣士「ほらほら、中々のもんだろ!万全だろ?この上更に、馬も二頭手に入ったんだぜ!」
息子「この小さな町で、よくぞこれほど物資を集められたものだな」
剣士「はっはっは!もっと褒め称え……なくてもいいっす」
息子「そうだな。殺意に敏感でなくば、この先生き残れんぞ」
息子「さて、釣りは返せよ」
剣士「え?」
息子「あれ全て使い切ったわけではないだろう?返せ」
剣士「いいじゃねえかよー……仲間なんだし」
息子「ああ仲間だ。だからこそ、金銭面はきちんと線引きしておかねばな」
剣士「く……金持ちのくせにセコイじゃねえか!」
息子「せこいと言うよりも、お前に無駄金を持たせていると、何かしら不安だからな」
剣士「ちっ……ほらよ、返してやるわ!」
息子「何故そのような上から目線で…………何?」
剣士「な、何だよ」
息子「お前……この金はどうした」
剣士「どうしたって、お前に貰った残りだけど?あ、別に金額誤魔化してるなんてこたあ」
息子「逆だ。その……多すぎないか?」
息子「これだけの物資を揃えたのなら、もっと残金は少ないはずだが」
剣士「あ? ああ、そうだろうなあ」
息子「そうか、お前強盗」
剣士「するか!普通にオマケしてもらえただけだ!!」
息子「……オマケで、市価の三分の一以下になるものか?」
剣士「え、買い物って普通こんなもんじゃねえの?たまにタダになったりとか」
息子「恐らく、稀だろう」
剣士「へー。やっぱこりゃ人望のなせる技ってやつだな!」
息子「…………ああ、そうだな」
息子「何というか……やはりお前は」
剣士「んあ?」
息子「……いや、何でもない」
剣士「なんだよ変な奴だなー」
息子「お前にだけは決して言われたくない言葉だな」
剣士「やだなあ、お前あれか?今流行ってるらしいツンデレか?」
息子「デレて欲しくば態度を改めろ」
息子「では……明日も遅い。私は部屋に戻ろう」
剣士「そーだな。じゃ」
息子「何だ、その手は。また金か」
剣士「ばっか握手に決まってんだろ!改めてよろしくってな!」
息子「……いいだろう」
剣士「よろしくな!相棒!」
息子「ああ、よろしく。えー……相棒?」
剣士「うはは!ぜってえデレさせてみせる!!」
朝―
バタンッ
剣士「おはよう!!」
息子「…………おはよう」
剣士「うはは!ようやく諦めたか!」
息子「……ああ」
剣士「やっぱあれだよな!仲間なんだしノックなんてまどろっこしい真似いらねえよな!!」
息子「単に留意するという真似が出来ないだけでは」
剣士「まあいいじゃねえか。とっとと朝飯済ましてここを出ようぜ!」
息子「分かった分かった……」
剣士「そんで、宿の支払いも任せたぜ!」
息子「ほう」
剣士「おーう待て待て刃物持ち出したって、何も生み出さねえんだぞ!知ってるか?!」
息子「お前、本物の一文無しだったのか」
剣士「やだな、このご時世金がなきゃ生きていけるわけねえじゃん」
息子「では自分で払え」
剣士「ガキの小遣い程度の有り金で、十日分の宿代なんざ払えるわけねえじゃん!」
息子「ほう」
剣士「……うう……お願いしますよ頭ぁ……」
息子「案外、プライドを売るのは早かったな」
剣士「なんとか働き口を見つけようと思ったんだけどよ……やっぱどーも不景気でさあ……」
息子「喧しいわ社会不適合者」
剣士「くそっ!それもこれも魔王のせいだ!魔王が暴れるから金がないんだ!!」
息子「当たらずとも遠からずだろうが、お前にもかなりの非があると思うぞ」
剣士「うるせえ!全部魔王が悪いんだ!ぜってーぶっ倒してやる!!」
息子「…………そうかそうか」
息子「では、ここは私が持ってやる」
剣士「ちーっす!」
息子「その代わり、いつか恩を返せよ」
剣士「ありゃ、金じゃねえの?」
息子「お前に金の返済を求めるより、体で払わせた方が遥かに建設的だ」
剣士「えー……お前、その発言はさすがに引」
息子「斬り捨てて埋めてやろうか貴様」
剣士「えー……それもどうかと思うぞ」
剣士「まあまあ、わーったよ。いつか倍にして返してやるよ!」
息子「ふっ……返事だけはいいな」
剣士「何をー!そんな生意気言ってると、今日はお前に出番なんざやんねーからな!後でそのことねちねち弄ってやるからな!」
息子「ほどほどに、期待しておこう」
剣士「せいぜい刮目してろよ根暗!」
息子「黙れ躁病」
山─
剣士「うう……何で馬がいるのに徒歩なんだよー……」
息子「魔物が急に襲って来てみろ。折角買った馬が無駄になるかもしれん上、動きが制限されて、危険だろう」
剣士「いやだー……山登りはもういやだー……」
息子「愚痴をこぼすな」
剣士「くっそー……魔物も魔王もぜってーぶっ倒してやる」
息子「大事も小事も、同レベルで愚痴るのだなお前は」
剣士「だってそーだろー。ここいらが不便なのも、いや……世の中がどんよりしちまってるのも全部魔王のせいだ」
息子「まあ、そうだな」
剣士「だから倒す!」
息子「……まさかと思うが、今朝言っていた『魔王を倒す』というのは」
剣士「あ?」
息子「本気、なのか?」
剣士「あったりめーじゃん」
剣士「魔王を倒して世の中を平和にする!それが旅の大きな目的!」
息子「ほう……何とまあ、御大層な」
剣士「今はまだ名前を売るためと、腕を磨くためにぶらぶらしてるだけだけどな!」
息子「……」
剣士「何だよ悪いか」
息子「いや、悪くはない」
息子(無名の、そこそこに力ある人間)
息子(本物かは判別し難いが、野心もあるようだ)
息子(これはますます……適任か)
息子(…………ああ。こいつ以外には、あり得ない)
剣士「しっかしあれだな、一向に魔物ってのも出て来ねえし。簡単に山越えしちまえそうじゃねえか」
息子「む」
剣士「うはは。何だか拍子抜けだな」
息子「油断するなよ。相手は魔物だ」
剣士「心配しなさんなって、こー見えて修羅場はいくつもくぐ」
ザシュ!!!
魔物「ぐおっ?!」
息子「な……!」
剣士「……」
魔物「な、くっ!!」
剣士「お、何かと思えば……ようやっと出やがったのか」
魔物「く、くそ!」
剣士「まーまーそう慌てなさんな。まだチャンスはあるかも知れないし?」
魔物「人間風情がコケにしやがって!!」
剣士「その人間風情に先手取られちゃってるのはどこのどいつだろうな?!」
魔物「お、おおう?!!」
息子(魔物は完璧に気配を立ち、近付いて来ていた)
息子(だがこいつは魔物の気配を察し、先制した)
息子(魔物に手を抜くよう命じているからとはいえ、今は明らかに押している)
息子(剣を交えたあの時は、まさかこれほどまでとは思わなかったが……)
息子(いや、まさかこいつ……)
息子(私を相手に、『手を抜いていた』……?!)
魔物「死ね!」
剣士「おっと」
魔物「ええいクソちょこまかと!!」
剣士「うはははは!強い魔物がいるってのは単なる噂だったのかね!」
魔物「黙れ!!もう関係ねえ!ぶっ殺してやる!!」
剣士「無理だね!」
ドスッッ!!