魔王「どうか、***」 11/27

剣士「で、お前のとこはどうなの。家族生きてんだろ?」

息子「父が……まあ、生きてはいるが」

剣士「あからさまに嫌な顔すんじゃねえよ。関係上手くいってねえの?」

息子「……それすら分からんな」

剣士「何それ」

息子「父は……そうだな、とある大きな組織のトップで」

剣士「うわあなんかそれ怖い……」

息子「ああ、あまり詮索はするな。それで父はその……うん、言うなれば暴君といった感じで……下の者どころか、私も意見が出来ず、好き勝手になさっているのだ……」

剣士「嫌味なしでお前がそんなきっつい顔するとか、よっぽどの父ちゃんなんだな……。つまりは、お前はそれが嫌でこんなとこまで逃げて来たと」

息子「逃げて来たわけではない。実益を兼ねた暇潰しだ」

剣士「ま、そういうことにしておいてやるよ」

息子「何にしろ、その内私がその後を継がねばらなぬ。あの方が徹底的に荒らし尽くした後にその座に放り込まれると思えば、気も滅入るわ」

剣士「家族がいるのは羨ましいっちゃ羨ましいが、なんとも面倒だねえ」

息子「全くだ。私はただ穏やかに何もせず、毎日ただひたすらに過ごせていればそれだけで満足だというのに」

剣士「おおう駄目人間がいる。知ってたけど。ま、ゆっくり今の猶予を楽しめよ」

息子「言われずとも。だがな……腐るのはもう飽きた。後で楽が出来るよう、今出来る事を、やっていこうと思っている」

剣士「ん、お前何かでっけーことでもやんの?」

息子「いや……気にするな。今は言えぬ」

剣士「そっかそっか。じゃあ何とは聞かねえが、頑張れよ。応援するぜ」

息子「…………ああ」

剣士「あーあー、喋ったら疲れた。もうちょっと寝るわ」

息子「そうだな。私もそろそろ寝る」

剣士「おう。お休み相棒。明日も面倒掛けるが、よろしくなー」

息子「度が過ぎれば、絶対に捨て置くからな……お休み」

息子(…………)

息子(…………いや)

息子(ありえない。あるわけが、無い)

息子(こいつを操り、魔物の世を平和に導く)

息子(それだけを……考えよう)

朝―

剣士「ふぁー……寝起きで馬に乗るってのはやっぱキツイなあ……」

息子「……怪我を負いながらの野宿だったというのに、随分安らかに眠っていたな」

剣士「慣れてるから!」

息子「……そうか」

剣士「うはは、何だよお前は朝から残念な面だなあ!」

息子「お前は朝から癪に障る面だな」

息子「まあいい……早く行くぞ」

剣士「へーい。今日も元気出して程良く生きようぜ」

息子「深刻な身の上を踏まえた上で、か?」

剣士「おっと生きる気力が萎えるとかは禁句だぜ。生きてりゃ良い事あるもんだ」

息子「良い事……か。本当に手に入るのか、そのような不確かなものは」

剣士「そうだなあ。例えば、金持ちボンボンの腰巾着兼ヒモになれたりとか」

息子「まあ、私も最近ストレスの捌け口を見つけたわけだが……」

剣士「ふはは甘いな!お前が発散する以上のストレスを与えてやるまでよ!」

息子「有り余るその気力を、お前はもっと他のことに使えば良いものを」

剣士「えー、真面目に力割り振って生きるのって面倒じゃん」

息子「それは言えているがな」

剣士「ま、生きてりゃ良い事はなくても、楽しい事くらいはあるもんだぜ」

息子「そういうものか」

剣士「おうよ。何たって今の旅、すっげー楽しいだろ?」

息子「このような野宿が楽しい……のか? まあお前のような野生の生き物はかえって落ち着くのやも知れぬが」

剣士「ちっげーよ。気の合う誰かと一緒にうろうろぐだぐだするってのは、良いもんだってことだ」

剣士「最初はカモにしか思ってなかったけど、今じゃ結構お前のこと気に入ってるんだぜー。せいぜい光栄に思えよな!」

息子「悪いが私にそのような趣味はない」

剣士「こっちだって願い下げだボケ」

息子「ふむ……こういうことが、『気が合う』というものなのだろうか」

剣士「多分そうなんじゃねー」

息子「まあ私にこうまで遠慮なく口を利く者は少ないため、珍妙であるとは思っているが」

剣士「お前の家かなり複雑そうだもんなあ。うんうん、孤独な人生を送っていたお前にもようやく唯一無二の相棒が」

息子「つい先日、お前とは全く別口で、罵り合える友人らしきものが出来たのだが」

剣士「ずるい!!」

息子「何がだ」

剣士「よーし分かった。お前そいつ紹介しろ。んでもって三人揃ってバカやろうぜ、そしたら平和だ!さあさあ!」

息子「そいつはかなりの遠方に住んでいるため、生憎それは叶わんな」

剣士「くっ……あーあ……友達欲しいなあ」

息子「……切実だな」

剣士「だってよー故郷は昨日言った通りだし、こっちに来てから仲良くなれた奴ってあんまりいないしさあ」

息子「ずっと一人旅を続けていたのか?」

剣士「いんにゃ、たまに同行者はいたんだけど」

息子「長続きしなかったと」

剣士「そうなんだよなあ。一緒にいると何かと気を使われるし、身の上話すると引かれるしで……難しいもんだよ本当」

息子「お前に気を使う必要性が、私には全く分からぬのだが」

剣士「あーやっぱお前楽でいいわ本当」

剣士「まあ今後ともよろしくな、相棒!」

息子「分かった分かった……お」

剣士「お、おー。あそこだな? 目的地って。でっけー城だなあ」

息子「そのようだな。目で確認できる位置まで、ようやく辿り着いたか」

剣士「昼には着くかな? ふー、一日ぶりにまともな飯が食えるなー。名物何だろ、お前知ってる?」

息子「その辺の草でも食っていろ」

剣士「相棒は今日も辛辣に元気だ……」

昼前─

剣士「着いたー!」

息子「喧しい。そのようなこと、見れば分かるだろう」

剣士「けっ! お前は旅の情緒ってものを理解する心を持つべきようだな!」

息子「逃亡中の罪人が、そのようなものを持っていても構わぬのか?」

剣士「罪人じゃないですー英雄が裏返って世紀の人斬りになっただけですー」

息子「罪人以上ではないか……む」

剣士「何だ、どうした」

息子「あそこだ。ほら、あそこ」

剣士「……単に見張りの衛兵がいるだけだろ? 何か問題でもあるのか?」

息子「お前は問題無いのか」

剣士「え? あ、ああ。手配はされてるらしいよ? んでも手配書が似てないみたいでさ、全然気付かれないの」

息子「ほう」

息子「一度見てみたいものだな。その手配書とやら」

剣士「まあ遠くの国が何年か前に出した手配書だし、こっちにゃそんな広まってねえだろうなあ」

息子「お前は持っていないのか?記念に」

剣士「何の記念だ何の。持ってねえよ」

息子「そうか。残念だな」

剣士「ま、そういうことだから。堂々と入ろうぜ、堂々とな」

息子「強調するな。余計不審者に見えるぞ」

剣士「余計ってお前本当のことを無遠慮に……まあいい行くぞ!」

剣士「っでさー、昼飯の話なんだけど」

息子「適当に目に着いた所でいいだろう」

剣士「えー! ちょっと評判の店を調査してからでも遅くはねえだろ!?」

息子「長期滞在になるんだ。その間にゆっくり探せばいいだろう」

剣士「そっかー……そうだよなあ」

息子「納得したか」

剣士「どうせ何もかもお前の金なんだしな!!」

息子「…………」

剣士「そうと決まったら早速飯! 早く行こうぜー!」

息子「……もう少し声を落とせ。目立っている」

剣士「なぁに気にすんなって。どうせ」

衛兵「そこの旅人二人、止まれ」

剣士「…………リーダー何か呼ばれてますよ」

息子「都合のよい時ばかり盾にするでないわ」

息子「まあいい。お前を表に立たせたところで、話がややこしくなるだけだな」

剣士「よろしくー……」

息子「せいぜい大人しくしていろ……何か用だろうか」

衛兵「剣を所持しているようだが、心得のある者達だろうか?」

息子「いや、私は魔法の方を得意としていて」

衛兵「では後ろの…………貴方は」

剣士「あ、ははは……シロートでーす。護身用でーす」

衛兵「でしょうね」

息子「……」

衛兵「では、ここに名前を」

剣士「へ……?!」

息子「む……」

衛兵「武器を持った旅人はチェックすることになっている。当面の宿泊先も、決定次第知らせてもらいたい」

息子「分かった……これで、二人分だ。宿は今夜決める」

衛兵「……確かに。では、くれぐれもお気を付けて」

息子「ああ」

剣士「……どーもー」

剣士「いやー……ありがとな、咄嗟に偽名書いてくれて」

息子「私も面倒事は御免だからな。用心するに越したことはない」

剣士「そうだよなあ。よし、こうなったらちょっとは大人しめに観光してのんびしと」

息子「いや待て。何しにここに来た」

剣士「え、暇だから?」

息子「違う。お前の名を売りに来たのだろうが」

剣士「えー……お前あの話聞いてもまだ言うか」

剣士「ん? でも待て、ここではさっきの紙に書いた名前で通せるんだよな」

息子「そういうことだ。元の名はとりあえず、しばらく忘れておけ」

剣士「おー、なるほど偽名ねえ。そうすりゃある程度は心おきなく仕事できるかもなあ。金が入るね」

息子「……金が無いと嘆いておきながら、なぜこの手を思い付かなかったのだ」

剣士「いやだって。あの名前親がくれた形見みたいなもんだから」

息子「……」

剣士「まー、たまにはいいかな。折角だし、お前の付けた名前を使ってやるよ」

息子「まあ、せいぜい元の名前と混同しないことだな」

剣士「おーう。さてと話もまとまったことだし、飯にすっか」

息子「ふん……『餌を食わせて下さい』、だろう」

剣士「お願いしますご主人様! 哀れな愛玩動物にどうか餌を御与えくだ」

息子「やめろ! 騒ぐな! 大声を出すな! 下手に注目を集めるな!!」

剣士「お前……」

料理屋─

剣士「で……手近な所に入ったはいいが」

息子「……外れだな」

剣士「くっ……やっぱりこう大きな街だと綿密な調査が必須だったんだ……!」

息子「何故そうも情熱を燃やす……まあ、こういう店が続くと、心が荒む予感はするが」

剣士「なーなー。今夜の飯は旨い所探そうぜー」

息子「……では、その調査はお前に任せる」

剣士「へ?」

剣士「お前は?」

息子「私は少々別の調べ物だ。宿に荷物を置いたら、すぐに出ていく」

剣士「えー、何何。手伝ってやろうか?」

息子「お前について来られると、永遠に片付かなさそうなので、遠慮しておく」

剣士「おおう真顔とは。じゃあこの前みたく、また別行動ってわけだ」

息子「そういうことになるな」

息子「そして……小金を渡しておく。くれぐれも、知らない人間の誘いには乗るなよ」

剣士「お前は親か。へいへい。わーってますよ」

息子「それと、まだ目立つなよ。大人しく観光でもしていろ」

剣士「へーい……おお、これだけありゃ結構な店が冷やかせる」

息子「まあ、せいぜい店の選別に役立て。ヒモニート」

剣士「了解!」

息子「最早呼称に疑問は無しか」

宿─

息子「よし……馬も預けて荷も下ろした。しばらくはここに滞在しよう」

剣士「はーい異論はないけど質問ー」

息子「何だ」

剣士「別に同じ部屋でも気にしないんだぜ?」

息子「私が気にする。お前と同室なんぞ、気の休まる時が無いだろうが」

剣士「お前って案外変なとこ頑なだよなー」