魔王城─
息子「よう」
魔物「……よう」
息子「すまんな。しばらく四六時中あれに拘束されていて、外に出るタイミングを図っていた」
魔物「そうかよ。相変わらず良いご身分だねえ」
息子「お前も似たようなものだろう。相変わらず暇そうにしておって」
魔物「……けっ」
息子「しかし、今日はどうしたんだ?」
魔物「ああ?」
息子「城が静かだ。いつもなら、もっと魔物を見かけるはずだろう」
魔物「そりゃあね……今日は必要最低限以外は、皆出払ってるからさ」
息子「……何かあったのか?」
魔物「いんや。何も起こっちゃいねえさ」
魔物「まだ何も無い。平和なものだよ」
息子「何だ。今日はお前、やけに勢いがないな」
魔物「そりゃあね。こんな日に気力が出るほど、俺は馬鹿でも薄情でもないんだ」
息子「一体何が……」
魔物「戦争さ」
息子「……はあ?」
息子「何を言っているんだ。誰が、誰と戦争をすると」
魔物「魔王様が、人間全体を相手取ってさ」
息子「……どういうことだ」
魔物「知らねえよ。俺はお前のお付きだってことで、この案には深く噛ませてもらえなかった。ありがたい話さ」
息子「い、一体何が……」
魔物「そろそろ昼だな」
息子「あ、ああ」
魔物「じゃあもう始まってるはずだ」
息子「……戦争が、か?」
魔物「戦争ってか一方的な蹂躙だって話だなあ。適当な所に攻め入って、とりあえず殺しまくるの」
息子「……」
魔物「で、頃合い見て戻って来るんだとよ。魔王様御自身も、わざわざどこぞに出るって話だ」
息子「……止めることは」
魔物「無理だな」
息子「そうか……まあ、近々こうなるだろうとは、ある程度予想していたのだがな……」
魔物「へえ」
息子「……ちょっと待て」
息子「お前……どこを攻めるなどと、具体的な場所は聞いていないのか?」
魔物「ああ?」
息子「あいつが……私とあの人間が滞在している街は」
魔物「そりゃもう、お前。そこが一番のポイントなんだぜ?」
息子「どういう意味だ」
魔物「お前の計画? あれを主軸に戦争起こすって話さ」
息子「……」
魔物「お前はあの人間を救世主か何かに仕立て上げたいんだろ? それなら、直接的な危機って演出があれば完璧だろ」
息子「父上が……そう仰ったのか」
魔物「いんや。俺の勘。でもそんなところだと思うぜ?」
息子「そう……だな」
息子「と、言うことは……あの街には何の被害も無いのだな?」
魔物「ああ? お前何聞いてたんだ」
息子「あいつを祭り上げるんだろう? ならば、万が一その戦争に巻き込まれてあいつが死ねば……全て泡と消えてしまう」
魔物「そうだなあ。全くその通りだわ」
息子「ならばあの街を襲ってはならんだろうが」
魔物「んなわけねえじゃん」
魔物「他が壊滅的な被害を受けている中で、あの人間がいる街だけ割かし無事……ってことになったらどうなるよ?」
息子「……そうだな」
魔物「な? これで分かったろ。今頃お前の人間、奮闘してるんじゃねえのかな」
息子「ならば、これで戻ろう。あいつなら大概の魔物であれば斬り棄ててしまえるからな。私は魔物のフォローに」
魔物「そのつもりなら……やめとけ」
息子「む?」
城─
剣士「ああん……? 慌てて駆けつけて来てみりゃ……何だこりゃ」
竜「……」
剣士「てめぇは……あの時の竜じゃねえか」
竜「……」
剣士「何でこんな所に。あのチビはどうした」
竜「……」
剣士「だんまりか……まあいいさ。相手になってやる。なんなきゃいけねえようだしな」
将軍「け、剣士殿……!」
剣士「ここは任せてくれ。あんたはそこに転がってる奴らを助けてやってくれ。まだ息がある奴もいるはずだ」
将軍「しかし! お一人では危険です!」
剣士「平気平気。多分な」
将軍「剣士殿!!」
剣士「なるべく斬りたくはねえけども……仕方ないのかもな」
竜「……」
剣士「因みにお前が怖気づいて逃げられたって仕方がねえ。こちとら羽なんて持っていないんでね」
竜「……」
剣士「おおっと何だよ本気か? よく分かんねえけど面倒だな……ったく。こんな時に限ってあいつは留守とかねえ」
竜「……」
剣士「まあいい……とりあえずは全力で……いかせてもらう!!」
息子「どういうことだ」
魔物「この前言ったろ? お前を頼って竜の親子が城に来たって」
息子「ああ」
魔物「その親竜、よりにもよってあの人間と会ってるんだってな」
息子「それがどうした。お前だってあいつと一戦やりあっただろう」
魔物「俺はお前のお付き。だが、あの竜は何でもない。ただの一魔物に過ぎない」
息子「……まさか」
剣士(ああ? 何だこいつ……)
剣士(攻撃は派手だけど読みやすいパターンばっかだし)
剣士(いまいち殺気ってもんが伝わって来ねえし)
剣士(本当に殺る気あんのか? 顔を知ってるからって、手加減してくれてるわきゃねえし……でも)
剣士(長く続くと……流石に体力が持たねえかもしんねえな)
剣士(早く……早く逃げちまってくれよ……子供はどうした子供はよ!)
剣士(くそっ……やっぱり斬りたく)
剣士「な!?」
ザンッ──……
息子「まさか……わざと」
魔物「そう。わざと殺されて来いって、命令が出てるんだぜ」
息子「そんな馬鹿な! あいつには子供が」
魔物「ああ、あのちっちゃいの。魔王様が質にって取ってんだよ」
息子「……」
魔物「『子供の命が惜しくば死ね』。全く、お前の親父は無茶振りが得意だねえ」
息子「貴様……!!」
息子「貴様はそれでいいのか! それが真実なのであれば、あの竜はお前の代わりに死ぬも同然ではないか!!」
魔物「いいわけねえだろ。俺が代わってやりたいのは山々だったよ」
息子「ならば何故そのように鷹揚に構えていられるんだ!!」
魔物「仕方ない事だろ」
息子「な」
魔物「俺が魔王様に盾突いたところで、何の解決にもならない。それどころか無駄死にだ」
息子「……誰も、反対はしなかったのか」
魔物「出来るわけがないだろう。俺ら魔物の主は魔王様だ。それは絶対に揺るがない」
息子「……」
魔物「お前が思っている以上にな、この病は根強いんだぜ?」
魔物「それでもお前がどうにかするって言うんなら、何だって俺は協力するよ。どうせもう使い切った命だ」
息子「……私に、どうしろと言うのだ」
魔物「さあね。だが一つだけ言えるさ」
息子「……何だ」
魔物「お前がしなきゃなんねえことを見つけるんだな。次の魔王様」
息子「……」
剣士「何なんだよ……」
剣士「何だったんだよ……」
将軍「剣士殿……」
剣士「畜生。畜生。胸糞悪い……畜生!」
将軍「剣士殿!」
剣士「え、あ……将軍さん」
将軍「お怪我はありませんでしたか」
剣士「あ……ああ。それよりどうだった……?」
将軍「何名かはどうにか持ちこたえましたが……十余名の兵士が犠牲となりました」
剣士「そう……か。ありがとう……」
将軍「剣士殿、どちらに」
剣士「わりぃ。本当なら後片付けとかしなきゃなんねえんだろうけど……ちょっと休ませてもらうわ」
将軍「は……はい。お気になさらず」
将軍「その……剣士殿」
剣士「ん?」
将軍「あそこまで……竜を仕留めてしまわれるほどに、強かったのですね」
剣士「……そういうことに、しといてくれや」
将軍「ありがとうございました。剣士殿……」
剣士「……じゃあな」
剣士「……クソ」
剣士「クソが!! 何だってぇんだよ!!」
剣士「あいつが自分から殺されるためだけに突っ込んできやがったこと……他の奴はまるで分かっちゃいねえ!」
剣士「クソ…………気色悪い……何なんだこの感じ……」
剣士「何でだよ……何で今……お前がいねえんだよ」
剣士「…………勘違いだとか何だとか言って……馬鹿にしてくれよ……」
剣士「クソ!!」
夜─
魔王「ほう」
息子「……」
魔王「丁度良い時期に戻ってきていたのだな」
息子「……ご苦労様、でした」
魔王「あの魔物から聞いたのか? ああ。別に苦労などしてはおらぬ」
魔王「私は単に顔を見せただけだな。直接的な破壊は、他の物にやらせた」
息子「珍しい事もあったものですね」
魔王「ふはは……何しろ、私が直々に手を下すべき人間は他におるようだしな」
息子「……」
魔王「ふ……何か言いたいことでもあるようだな」
魔王「お前が何を厭うているかくらい、私には分かるぞ」
息子「……」
魔王「お前は魔物達の死が耐えられない。そうだろう?」
息子「……恐れ多くも……その通りで御座います」
魔王「そして、私にはそれが分からぬ」
魔王「魔物など……手下の命など。その辺りに数多く転がっておるではないか」
息子「だからと言って! 無益に散って良い命など」
魔王「益? 奴らが益を産むとでも?」
息子「……」
魔王「お前は何かを取り違えている。しかも根本的に」
魔王「いいか、私の子よ。この世はな、私だけで出来ているのだ」
息子「己……だけ」
魔王「そうとも。己だけ。私だけだ。それ以外など、到底意味など持ち得ぬのだ」
息子「……」
魔王「そしてそこに意味や理由、益を与えるのは私だ。それがこの世の真理。そうだろう?」
魔王「奴らは何も生まない。与えない。詰まる所。私がそれらを見出してやらないのであれば、命も無と同じ」
息子「あの竜は……どうだと言うのですか」
魔王「あいつはよくやってくれた。まあ、お前の計画に良き華を添えることになっただろう?」
息子「……あれの子供はどこです」
魔王「地下だったか。武器庫であったか。さあな、どこに仕舞ったか。気になるようであれば勝手に探せ。もう用は無い」
息子「……」
魔王「話はそれだけか」
息子「最後に一つ……」
魔王「何だ」
息子「私も、貴方にとっては無であるのですか」
魔王「さあな。お前はその例外になるのか、はたまた通例通りで終わってしまうのか」
息子「……失礼します」
魔王「ああ。待て」