魔王「どうか、***」 21/27

魔王城─

息子「よう」

魔物「……よう」

息子「すまんな。しばらく四六時中あれに拘束されていて、外に出るタイミングを図っていた」

魔物「そうかよ。相変わらず良いご身分だねえ」

息子「お前も似たようなものだろう。相変わらず暇そうにしておって」

魔物「……けっ」

息子「しかし、今日はどうしたんだ?」

魔物「ああ?」

息子「城が静かだ。いつもなら、もっと魔物を見かけるはずだろう」

魔物「そりゃあね……今日は必要最低限以外は、皆出払ってるからさ」

息子「……何かあったのか?」

魔物「いんや。何も起こっちゃいねえさ」

魔物「まだ何も無い。平和なものだよ」

息子「何だ。今日はお前、やけに勢いがないな」

魔物「そりゃあね。こんな日に気力が出るほど、俺は馬鹿でも薄情でもないんだ」

息子「一体何が……」

魔物「戦争さ」

息子「……はあ?」

息子「何を言っているんだ。誰が、誰と戦争をすると」

魔物「魔王様が、人間全体を相手取ってさ」

息子「……どういうことだ」

魔物「知らねえよ。俺はお前のお付きだってことで、この案には深く噛ませてもらえなかった。ありがたい話さ」

息子「い、一体何が……」

魔物「そろそろ昼だな」

息子「あ、ああ」

魔物「じゃあもう始まってるはずだ」

息子「……戦争が、か?」

魔物「戦争ってか一方的な蹂躙だって話だなあ。適当な所に攻め入って、とりあえず殺しまくるの」

息子「……」

魔物「で、頃合い見て戻って来るんだとよ。魔王様御自身も、わざわざどこぞに出るって話だ」

息子「……止めることは」

魔物「無理だな」

息子「そうか……まあ、近々こうなるだろうとは、ある程度予想していたのだがな……」

魔物「へえ」

息子「……ちょっと待て」

息子「お前……どこを攻めるなどと、具体的な場所は聞いていないのか?」

魔物「ああ?」

息子「あいつが……私とあの人間が滞在している街は」

魔物「そりゃもう、お前。そこが一番のポイントなんだぜ?」

息子「どういう意味だ」

魔物「お前の計画? あれを主軸に戦争起こすって話さ」

息子「……」

魔物「お前はあの人間を救世主か何かに仕立て上げたいんだろ? それなら、直接的な危機って演出があれば完璧だろ」

息子「父上が……そう仰ったのか」

魔物「いんや。俺の勘。でもそんなところだと思うぜ?」

息子「そう……だな」

息子「と、言うことは……あの街には何の被害も無いのだな?」

魔物「ああ? お前何聞いてたんだ」

息子「あいつを祭り上げるんだろう? ならば、万が一その戦争に巻き込まれてあいつが死ねば……全て泡と消えてしまう」

魔物「そうだなあ。全くその通りだわ」

息子「ならばあの街を襲ってはならんだろうが」

魔物「んなわけねえじゃん」

魔物「他が壊滅的な被害を受けている中で、あの人間がいる街だけ割かし無事……ってことになったらどうなるよ?」

息子「……そうだな」

魔物「な? これで分かったろ。今頃お前の人間、奮闘してるんじゃねえのかな」

息子「ならば、これで戻ろう。あいつなら大概の魔物であれば斬り棄ててしまえるからな。私は魔物のフォローに」

魔物「そのつもりなら……やめとけ」

息子「む?」

城─

剣士「ああん……? 慌てて駆けつけて来てみりゃ……何だこりゃ」

竜「……」

剣士「てめぇは……あの時の竜じゃねえか」

竜「……」

剣士「何でこんな所に。あのチビはどうした」

竜「……」

剣士「だんまりか……まあいいさ。相手になってやる。なんなきゃいけねえようだしな」

将軍「け、剣士殿……!」

剣士「ここは任せてくれ。あんたはそこに転がってる奴らを助けてやってくれ。まだ息がある奴もいるはずだ」

将軍「しかし! お一人では危険です!」

剣士「平気平気。多分な」

将軍「剣士殿!!」

剣士「なるべく斬りたくはねえけども……仕方ないのかもな」

竜「……」

剣士「因みにお前が怖気づいて逃げられたって仕方がねえ。こちとら羽なんて持っていないんでね」

竜「……」

剣士「おおっと何だよ本気か? よく分かんねえけど面倒だな……ったく。こんな時に限ってあいつは留守とかねえ」

竜「……」

剣士「まあいい……とりあえずは全力で……いかせてもらう!!」

息子「どういうことだ」

魔物「この前言ったろ? お前を頼って竜の親子が城に来たって」

息子「ああ」

魔物「その親竜、よりにもよってあの人間と会ってるんだってな」

息子「それがどうした。お前だってあいつと一戦やりあっただろう」

魔物「俺はお前のお付き。だが、あの竜は何でもない。ただの一魔物に過ぎない」

息子「……まさか」

剣士(ああ? 何だこいつ……)

剣士(攻撃は派手だけど読みやすいパターンばっかだし)

剣士(いまいち殺気ってもんが伝わって来ねえし)

剣士(本当に殺る気あんのか? 顔を知ってるからって、手加減してくれてるわきゃねえし……でも)

剣士(長く続くと……流石に体力が持たねえかもしんねえな)

剣士(早く……早く逃げちまってくれよ……子供はどうした子供はよ!)

剣士(くそっ……やっぱり斬りたく)

剣士「な!?」

ザンッ──……

息子「まさか……わざと」

魔物「そう。わざと殺されて来いって、命令が出てるんだぜ」

息子「そんな馬鹿な! あいつには子供が」

魔物「ああ、あのちっちゃいの。魔王様が質にって取ってんだよ」

息子「……」

魔物「『子供の命が惜しくば死ね』。全く、お前の親父は無茶振りが得意だねえ」

息子「貴様……!!」

息子「貴様はそれでいいのか! それが真実なのであれば、あの竜はお前の代わりに死ぬも同然ではないか!!」

魔物「いいわけねえだろ。俺が代わってやりたいのは山々だったよ」

息子「ならば何故そのように鷹揚に構えていられるんだ!!」

魔物「仕方ない事だろ」

息子「な」

魔物「俺が魔王様に盾突いたところで、何の解決にもならない。それどころか無駄死にだ」

息子「……誰も、反対はしなかったのか」

魔物「出来るわけがないだろう。俺ら魔物の主は魔王様だ。それは絶対に揺るがない」

息子「……」

魔物「お前が思っている以上にな、この病は根強いんだぜ?」

魔物「それでもお前がどうにかするって言うんなら、何だって俺は協力するよ。どうせもう使い切った命だ」

息子「……私に、どうしろと言うのだ」

魔物「さあね。だが一つだけ言えるさ」

息子「……何だ」

魔物「お前がしなきゃなんねえことを見つけるんだな。次の魔王様」

息子「……」

剣士「何なんだよ……」

剣士「何だったんだよ……」

将軍「剣士殿……」

剣士「畜生。畜生。胸糞悪い……畜生!」

将軍「剣士殿!」

剣士「え、あ……将軍さん」

将軍「お怪我はありませんでしたか」

剣士「あ……ああ。それよりどうだった……?」

将軍「何名かはどうにか持ちこたえましたが……十余名の兵士が犠牲となりました」

剣士「そう……か。ありがとう……」

将軍「剣士殿、どちらに」

剣士「わりぃ。本当なら後片付けとかしなきゃなんねえんだろうけど……ちょっと休ませてもらうわ」

将軍「は……はい。お気になさらず」

将軍「その……剣士殿」

剣士「ん?」

将軍「あそこまで……竜を仕留めてしまわれるほどに、強かったのですね」

剣士「……そういうことに、しといてくれや」

将軍「ありがとうございました。剣士殿……」

剣士「……じゃあな」

剣士「……クソ」

剣士「クソが!! 何だってぇんだよ!!」

剣士「あいつが自分から殺されるためだけに突っ込んできやがったこと……他の奴はまるで分かっちゃいねえ!」

剣士「クソ…………気色悪い……何なんだこの感じ……」

剣士「何でだよ……何で今……お前がいねえんだよ」

剣士「…………勘違いだとか何だとか言って……馬鹿にしてくれよ……」

剣士「クソ!!」

夜─

魔王「ほう」

息子「……」

魔王「丁度良い時期に戻ってきていたのだな」

息子「……ご苦労様、でした」

魔王「あの魔物から聞いたのか? ああ。別に苦労などしてはおらぬ」

魔王「私は単に顔を見せただけだな。直接的な破壊は、他の物にやらせた」

息子「珍しい事もあったものですね」

魔王「ふはは……何しろ、私が直々に手を下すべき人間は他におるようだしな」

息子「……」

魔王「ふ……何か言いたいことでもあるようだな」

魔王「お前が何を厭うているかくらい、私には分かるぞ」

息子「……」

魔王「お前は魔物達の死が耐えられない。そうだろう?」

息子「……恐れ多くも……その通りで御座います」

魔王「そして、私にはそれが分からぬ」

魔王「魔物など……手下の命など。その辺りに数多く転がっておるではないか」

息子「だからと言って! 無益に散って良い命など」

魔王「益? 奴らが益を産むとでも?」

息子「……」

魔王「お前は何かを取り違えている。しかも根本的に」

魔王「いいか、私の子よ。この世はな、私だけで出来ているのだ」

息子「己……だけ」

魔王「そうとも。己だけ。私だけだ。それ以外など、到底意味など持ち得ぬのだ」

息子「……」

魔王「そしてそこに意味や理由、益を与えるのは私だ。それがこの世の真理。そうだろう?」

魔王「奴らは何も生まない。与えない。詰まる所。私がそれらを見出してやらないのであれば、命も無と同じ」

息子「あの竜は……どうだと言うのですか」

魔王「あいつはよくやってくれた。まあ、お前の計画に良き華を添えることになっただろう?」

息子「……あれの子供はどこです」

魔王「地下だったか。武器庫であったか。さあな、どこに仕舞ったか。気になるようであれば勝手に探せ。もう用は無い」

息子「……」

魔王「話はそれだけか」

息子「最後に一つ……」

魔王「何だ」

息子「私も、貴方にとっては無であるのですか」

魔王「さあな。お前はその例外になるのか、はたまた通例通りで終わってしまうのか」

息子「……失礼します」

魔王「ああ。待て」