息子「分かった分かった。軽く話をしてくる」
魔物「俺は一緒には行ってやんねーからなー」
息子「最早期待もしておらぬわ。ではな」
魔物「おう。頑張って死んでこい」
息子「人事だと思いおって……」
魔王の間─
息子「……父上」
魔王「ほう」
息子「御無沙汰しておりました」
魔王「全くだ。して、どうだ」
息子「と……仰りますと」
魔王「お前の言っていた、余興に決まっておろう」
息子「はあ……」
息子「順調……かと思われます」
魔王「そうかそうか」
息子「随分と、上機嫌でございますね」
魔王「当然だ。何しろ近頃、血を見ていない」
息子「……」
息子「父上にも、そのようなお心が」
魔王「単に飽きたのだ」
息子「……」
魔王「悲鳴も慣れれば静寂と変わらず、血飛沫もただ不快な泥水と変わらぬわ。たまには良いな。休息というものも」
息子「……さようでございますか」
魔王「しばらくはまだ待ってやる。せいぜい派手に暗躍しておけ」
息子「はい」
魔王「しかし肝に銘じておけよ」
息子「はい?」
魔王「私は……戦争それ自体に倦んでいるわけではないのだからな」
息子「……は」
魔王「愉快で仕方がないぞ、戦争は。私の声一つで、どこもかしこも地獄を見る」
息子「そのようで……」
魔王「お前は興味が薄いようだがな。何度物見に呼んでも、出て来た試しがないとは」
息子「生憎ですが……」
魔王「別に構わぬ」
魔王「その内、お前にも分かるはずだ」
息子「……」
魔王「何しろ私の血を引いている」
息子「……父上」
魔王「お前も所詮、血に塗れている方が似合っているのだと、気付く日が」
息子「この辺りで……失礼します」
魔王「……ああ」
息子「それでは」
魔王「……別に構わぬよ」
魔王「お前が何を厭い、何を好んだ所で、私は構わない」
魔王「ただ肝に銘じておけ」
魔王「どの道、私もお前も……」
魔王「……さて」
魔王「後、如何程休んでやるものだろうかな」
魔王「くっく……」
城─
息子「はあ……」
息子「だから嫌なんだ。だから」
息子「嫌っているとか、そういう話ではない」
息子「面倒なんだ……あのお方は」
息子「あいつを相手にしていた方が、桁違いに好ましい疲れ方だ……」
息子「……部屋にはおらぬようだが……どこに行ったんだ、全く……」
息子「お」
将軍「……貴方は」
息子「将軍殿か。すまぬが聞きたいことがある」
将軍「何でしょうか」
息子「私の連れを知らないだろうか。先程から探しているのだが」
将軍「剣士殿でしたら……姫様の部屋かと思われますが」
息子「何?」
息子「そちらの姫君は何を考えているんだ……仮にもあいつはお尋ね者だろう」
将軍「姫様は剣士殿を気に入ったようですね」
息子「ますます分からんな。あのような粗暴な者を?」
将軍「はあ……その、失礼ですが貴方は」
息子「何だろうか」
将軍「剣士殿に……随分と辛辣ですね」
息子「そのようなつもりはないのだが」
息子「あれは甘やかすと付け上がる」
将軍「やはり……いえ、何でもありません」
息子「渋い顔で、何だと言うのだ……。まあいい。教えてくれて感謝する。では」
将軍「ああ、少しお待ちください」
息子「……今度は何だ」
将軍「剣士殿と決断して下さったようで、ありがとうございました」
息子「私は何もしていない。全てあれの好きにさせただけだ」
将軍「はあ……しかし、そうだとしても」
息子「何だ」
将軍「私は貴方に感謝します」
息子「……ほう」
将軍「それだけです。では、失礼します」
息子「……ああ。一つ言っておくが」
将軍「何でしょうか」
息子「勝手にしろ」
将軍「ええ。勝手に、感謝しておきますよ。それでは」
息子「……ちっ」
姫の部屋─
姫「お口に合いますか、剣士様」
剣士「ああ。うめー菓子だなあ」
姫「たくさんありますから、いくら召し上がって下さっても構いませんわよ」
剣士「んじゃまあ遠慮なくー」
姫「ふふ……」
姫「そうですわ剣士様」
剣士「んあ?」
姫「折角ですし、剣士様のお召物もご用意いたしましょう」
剣士「えー、昨日これ買ったばっかなんだけど」
姫「それはそれですわ。私、剣士様に似合うものを選んで差し上げたいのです」
剣士「いやでもそこまでしてもらうのはちょっと」
姫「だって剣士様、もう少し身嗜みに気を付ければきっと」
コンコン
姫「あら」
息子「失礼する……」
剣士「おー、お帰りー。早かったなあ」
息子「…………何をしているんだ、貴様は」
姫「仲良くお茶をしておりましたの」
息子「ほう……」
剣士「えっ。何で睨まれてんの」
姫「ふふ……無断でお借りして、申し訳ございませんわね」
息子「構わん。構わんが」
剣士「え、何。何だよお前」
息子「少々話があるため、返してもらう」
姫「どうぞ」
剣士「ちょ、待て待てまだ食い足りてねえのに!!」
姫「またお越しくださいね。剣士様」
息子「……」
剣士「ちょ、何なんだよーいきなり。折角楽しくやってたってのに」
息子「いいご身分だなお前は」
剣士「えー……そんなバカな。ただちょっと姫さんと二人っきりで話がしたいとか言われて、部屋に連れ込まれてただけで」
息子「ははは」
剣士「ますますバカな」
息子「昼間っから女と乳繰り合っているような奴は、憎まれた所で仕方がないだろう」
剣士「ちっ!? お前何言ってんの!? マジでもう何言ってんの!?」
息子「喧しいわ。で、どうなんだ。結局どのような雑務をやらされることになったんだ」
剣士「え……えーっと、明日言うってさ。面倒なのはやめてくれとは言っておいたけど」
息子「まあ、それほどの仕事は回しては来ないだろうよ。まだな」
剣士「ちょ、やめろよなーそういう不安煽るような言い方ー」
剣士「と、とりあえず早い夕飯でも食いに行こうぜ」
息子「ここで食うのか?」
剣士「いんや。街に出て」
息子「そう言うと思った」
剣士「だってこんな堅苦しい所じゃ味なんて分かんねーもん」
息子「貧乏人の舌は合わぬだろうな」
剣士「お前も昨日の飯、えらい面で食ってたくせに……」
息子「そういえば、先程将軍殿に会ったぞ」
剣士「へー。なんか言ってた?」
息子「……感謝された」
剣士「ああ? お前あの人に何かしたの?」
息子「していない……と思われたのであろうな」
剣士「意味分からん」
息子「分からんで良い」
街─
剣士「さーてとお前は何食いたい?」
息子「酒」
剣士「……何か嫌なことでもあったのか、お前」
息子「ただ飲みたい気分なだけだ」
剣士「まあそんな時もあるかなあ。よし! んじゃまあ今日はお前に付き合ってやるよ!」
息子「言ったな」
剣士「え」
酒場─
息子「……この瓶を、後三本頼む」
剣士「おいおい、そりゃ飲みすぎだって」
息子「私が払うんだ。気にするな」
剣士「いや、そういうことじゃなくって……お前が荒れるなんて、珍しい事もあるんだなあ」
息子「ふん……」
息子「そもそもの原因は全て貴様だろう」
剣士「言いがかり臭いけど、一応は聞いておくか。何でだよ」
息子「私はな、面倒な事は全て嫌いなんだ」
剣士「はあ」
息子「だからお前のことも嫌いだ」
剣士「えー」
剣士「何があったか知らねえけど、相棒に酷い言い草だねえ」
息子「喧しいわ社会不適合者」
剣士「ははは。お前も大概不適合で面倒な奴だと思うけど」
息子「私はいいんだ。私は」
剣士「そうっすか」
剣士「んでもお前の心の広い相棒様は、結構お前のこと好きみたいよ?」
息子「そういう趣味は無い」
剣士「このバッサリ感も最早心地いいわ。好きよー相棒」
息子「そういう相手なら、他を当たれ」
剣士「もういいっつーの。ああほら、酒が来たぞ……って」
息子「はーあ……」
剣士「一瓶一気とかバカ………いっでぇ……」
息子「バカと言う方がバカだろう」
剣士「さ、酒瓶で人を殴る方がよっぽどのバカだ!!」
息子「まあまあ、あれだ」
剣士「何だよ!?」
息子「私の相棒は酒瓶程度ものともしない猛者だと、信じているが故の行動だ」
剣士「そういう信頼はいらねえ! ドブに捨てろ! 見ろ瘤になっちまっただろうが!!」
息子「やめろ。鬱陶しい頭を近付けるな」
剣士「ぐぐぐ」
剣士「まあ、言われてみれば髪もそろそろ鬱陶しくなってきたかなー」
息子「……切るのか?」
剣士「んー、どうしよ。お前はどう思う? やっぱ切った方が良い?」
息子「切らぬ方が良いだろう」
剣士「何という面倒な奴」